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June 19, 2006 | 神仏習合(其之二):丹生と金剛,ミイラと空海
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イキナリ神仏習合とはちょっと話題が逸れるけど,さっそく閑話休題すんません。浮おじさんのとこで丹生(硫化水銀)のことが話題になったので,そーいえば,と早速気になる本を取り寄せて読んでみました。
■松田壽男:「古代の朱」, ちくま学芸文庫, 筑摩書房 (2005).
原始日本人が使ったアカ色には二種あった。一は水銀系のアカ,つまり硫化水銀 (HgS)。一は鉄系のアカ,すなわち酸化第二鉄(Fe2O2)である。水銀系のアカが(中略)純粋のアカ色を呈するのに,鉄系のアカはベンガラといわれ,やや黒ずんで紫色に近い。この鉄系のアカは古く「そほ」といわれた。古代の日本人は漢字を学んで「赭」という字をあてた。これにたいして水銀系のものは「まそほ」,つまり正真正銘のソホであるとし,「真赭」と表現されている。のちに,おそらく天平時代と推測されるが,鉛系のアカができた。科学的にいうと四酸化鉛(Pb3O4)である。一般に鉛旦(えんたん)といわれた。鉛旦はまた黄旦(こうたん)と書かれているように,赤と黄の中間で,俗にいうミカン色である。うーん,うっとり(笑)。こういう文章を読んでるとシアワセになりますねぃ〜。これぞ人文科学と自然科学の幸せな結婚。事実,古代のハイテク技術である金属鋳造と当時の知識のアーカイヴである社寺って,実は切っても切り離せない関係なのです。例えば八幡信仰と銅,金屋子神社と鉄,金山彦神と金・・・,そしてその背後には渡来系の技巧集団と武器と戦争と政治が,あるいは大事故と人身御供と祟りと怪談が・・・。このあたりを追ってくと,ホンマに奥が深そうで現実に戻ってこれなくなっちゃうかも。
さて,神仏習合。空海が開いた高野山・金剛峯寺と丹生都比売神社は神仏習合の好例としてあまりにも有名ですが,著者は,この高野山と丹生都比売神社の関係を面白いモノで結びつけています。・・・それは,ミイラ。即身成仏です。
日本製のミイラにまつわるいちばん大きな謎は,日本の風土が湿潤であって,ミイラの製造にはもっとも適していないという点である。それにもかかわらず,現在までミイラはたくさん残っている。死臘のばあいはいざ知らず,ミイラとなると,何らかの手段が加えられているのにちがいない。そこに私は水銀のもつ防腐作用を考える。うーむ。なるほどー,やはりそうだったのか。東大寺大仏殿を建立したときも宇佐八幡神が勧進されたけど(こちらは銅に関係する技術神。このハナシもいずれまた後日書きたいと思います),金剛峯寺の縁起もやはり技術神系の神と深い関連があったのですな・・・。
だいいち,空海が真言宗の本拠と定めた高野山は,全山が水銀地帯である。高野山の壇上,つまり中心地には丹生,高野の両明神の社がある。また空海の墓側にも,墓を護るかのように両明神が祀られている。高野明神は高野山の地主神であるが,丹生明神は後述のように水銀の女神にほかならない。
・・・(中略)・・・
たんなる高僧としてだけでなく,空海は,学者として知識人として平安朝第一の人物であった。彼は中国に渡って専門の仏教をより深めたことはいうまでもない。その上にいろいろな学問を身につけ,いろいろな新知識を日本にもち帰った。水銀の薬物としての性能を巧みに応用して,中国人が不良長寿の薬として珍重した丹薬の製法も,また水銀を死屍(しし)に注入すれば防腐剤として作用する事実も,みな空海によって日本に輸入されたと考える。(中略)空海自身が弘仁七年(816年)に高野山を開基したのも,水銀に関係あり,と私はにらんでいる。
神様仏様,と今日の我々は「別の宗教」として八方美人的に節操なくお参りしているように見えますが,実はやはり,この二つの宗教は単純に「二つ」とカウントできないほど,根っこのところで深く深く結びついているのです・・・。我々ノ文化ハ斯ク形成サレタリ。誰や?神と仏をムリヤリ離婚させたんは? 蓋し,神仏習合の迷宮は深く愉し。今宵も深い沼にズブズブ・・・。
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June 08, 2006 | 神仏習合(其之一):権力ヨリ強要サレタル信仰ニツイテ
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統計上では,日本の宗教人口は二億人を越えると言われている。なんと人口の二倍。つまり,日本に住んでいる多くの人は,神様も仏様も両方拝んでいる。それでなんら不思議に思ってない。こんな奇っ怪な国(あるいは文化)は他にはそうそうない。そんないい加減でテキトーでほほえましい日本が,私は大好きだ。
「神仏習合」とは,一般には明治初年の神仏分離令以前の中世の宗教形態を指すが,そもそも「習合していた」という表現はいったん強制的に「分離された」後の状態である現代の我々から見た形態であって,当時の当事者(民衆,僧侶,神職)たちの多くは,「習合している」ことすら無自覚であったであろう。現代でもそんな無自覚で無意識的な,そして知らずのうちに権力の暴力的な手からするりと軽やかにすり抜ける,慎ましくも逞しい民衆の息づかいが,確実に残っている。そんな路地裏の小さな日本が,私は大好きだ。
■安丸 良夫:神々の明治維新—神仏分離と廃仏毀釈, 岩波新書 (1979).
・・・神社改めは,明治三年ごろから各地でおこなわれるようになったらしい。氏神と村との結びつきは,村の成立そのものに由来する長い伝統をもっていたが,それまで,氏神は一村に一社とはかぎらなかったし,氏神の神体が仏像であるばあいや,氏神というより氏寺といったほうがふさわしいものも少なくなかった。さらに村の氏神(産土<うぶすな>社)のほかに,各家や同族団に氏の神があるばあいもあり,それ以外にも多くの小祠もみられた。引用長文にて恐縮至極。しかし,現在我々が「日本の古き良き伝統」と呼んでいる神道および神社が,明治黎明期に相当な強権と混乱を以て「人工的に」巧妙に歴史を塗り替えた,ということに自覚的な日本人は少ない。もちろん,明治以前にも神道なるものは存在したが,(実はここが重要な点であるが)それまで平安・鎌倉時代から連綿と続いていた「伝統的な」神道(例えば吉田神道,両部神道,山王神道など)は明治初期に完全に断絶してしまい,江戸末期に突如として興った「新興宗教的な」神道(本居宣長,平田篤胤を源とする国学→国家神道)に完全に駆逐された,という事実を知っている日本人も非常に少ない。
こうした多様な神仏関係から,国家によって神社祭祀が体系化されたとき,村の氏神(産土社)だけが選びだされ,しかも,氏寺や仏像を排して,一村一社の神道式の氏神の成立が目標とされたのである。(中略)こうして,村々に祀られていた多様な神仏のなかから,産土神だけが浮上してきて他を抑え,いま私たちが村や町で見るような氏神が成立した。私たちが神社の様式としてごく自然に思いうかべてしまう鳥居,社殿,神体(鏡)や礼拝の様式なども,その大部分は,こうした国家の政策を背景として成立したものであった。
・・・(中略)・・・
廃藩置県によって集権国家樹立の基礎を固めた明治政府は,四年以降,近代国家体制樹立のためのさまざまの政策を推進した。伊勢神宮と皇居の神殿を頂点とするあらたな祭祀体系は,一見すれば政教一致という古代的風貌をもっているが,そのじつ,あらたに樹立されるべき近代国家体制の担い手を求めて国民の内面性を国家がからめとり,国家が制定する規範と秩序にむけて人々の内発性を調達しようとする壮大な企図の一部だった。そして,それは,復古という幻想を伴っていたとはいえ,民衆の精神生活の実態からみれば,なんらの復古でも伝統的なものでもなく,民衆の精神生活への尊大な無理解の上に強行された,新たな宗教体系の強制であった。 (下線部はぽた郎による)
某国の某総理大臣が某神社に私人だか公人だかよくわからない状態で参拝を強行し,やれ愛国心だの古き良き伝統だのを喧伝している。ま,それぞれ信念なり戦略なりはおありだろうから,ここでは政治的観点からはとやかく言わないが,上記の明治期の宗教史上あと戻りできない大きな断絶の文脈の上でその行為を俯瞰すると,甚だ胡散臭くかつ滑稽な行為としてしか捉えることができない。どうやらこの国では,総理大臣や官房長官が参拝するピカピカの神社にお参りしないと国を愛すことにはならないそうだ。しかし,それより,路地裏や辻にひっそりと佇む神や仏(あるいはそれすらも判じ得ない名も無きもの)に,私は愛着を感じぜずにおれない。それではこの国や文化を愛することにはならないのだろうか?
(神仏習合の深い森は,広大かつ豊穣で,興味が尽きない。これからしばらく,シリーズで続けようかと思います。)
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May 27, 2006 | 古本,掘り出し物二点。
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久々に「天牛書店」に行きました。比較的家の近所なのに最近あんまし行けてません。自転車じゃないとちょっとシンドイ距離なのと,行ったら行ったでバカスカ買っちゃうので迂闊に足を踏み入れるのがヤバイというのとで,まあ仕方ないということでしょうか(笑)。今日はなんか呼ぶものがったのか,フラリと立ち寄って店内をそぞろ歩きフト足を止めると,目があっちゃっとのです。「Buy me.」と本が呼んでる(笑)。ヤバイ,目が合ってしまった・・・,ここで会ったが百年目。入荷したばかりの整理中で値札がなかったので,店員さんに恐る恐る値段を訊いてみる。ヤバイ,買えちゃう値段だ・・・。
木下杢太郎:「百花譜 百選」,岩波書店,1990(第2刷). (B4判変型・函入豪華版,定価24,800円) 外函に若干の難があるせいか(とはいえ鋭利な傷ではなく,上の本の重みでできた軽い凹み),発売当時の定価より大夫安く買わせていただきました。帰ってネットで調べてみると,岩波のHPでは「重版予定なし」とのこと。これはラッキーな買い物。中味は完全美本。状態もよいし,なにより色合いが美しい〜。ちなみにこれは正確には「本」でなく,100葉のスケッチの複製版です。これがまたよい。実はぽた郎は植物画好き。古今東西の植物画(本草図とかボタニカルアートとか)を集めるのはもはやライフワークですな。これも深き沼です。ハイ。
竹田聴州:「近世村落の社寺と神仏習合 丹波山国郡」,法蔵館,昭47(第1刷).(A4版・函入り,定価4,800円) こちらは定価よりうんと高く値が付いてました(しかも偶然にも上の「百科譜」と同じ値段)。まあしゃーない。最近のマイブームは「神仏習合」なんで,資料が欲しかったところ。帰ってネットで調べてみたら,国書刊行会から全集版の一部として復刻版が出てるらしいですが,これがベラボーに高い。他の古書店でも今回買った値段の2倍以上の値がつけられてたり,ということで,ちと高かったけど,やっぱり適正価格かも。さすが天牛さん。
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May 23, 2006 | 博物館惑星,理想への漸近線
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SF小説はあまり得意な方ではないのです。あんまし好んで読む方ではないな。著名作家の著名作品を「教養」的に読む,という点では,私の中ではクラークもジョイスもアシモフもトルストイも全く同列なのです,すみません・・・(と誰に対して謝ってるんだか)。というわけで,あまりSFに愛がない私が「このSFはすごい!」と嬉々として声を大にしてもあまり説得力を持つわけではないというのは自分自身でも重々わかってますが,それでも言いたい。言わせてもらいます。管浩江の「博物館惑星」は凄い!・・・と。
何をいまさら・・・。この作品は既に2000年に星雲賞や日本推理作家協会賞などの数々の賞に輝いた(殆ど総なめにしたと言ってもよいくらい)当時相当に注目された日本のSF史上最も記憶に留められるべき秀逸な作品のうちの一つ・・・だそーです。どうもそうらしい,と正直に伝聞で書くくらい,ホンマにSFに疎いワタクシ。しかもこの本を手に取ったキッカケというのもぽた子さんがたまたま何の気なしに買ってきてそのへんに放置してあった本を文字通りたまたま手に取ったに過ぎない・・・というなんともトホホな経緯。ほんまSFファンの方スンマセン・・・。
しかし,読み手のポテンシャルの低さにもかかわらず,この作品は素晴らしい。世界観が美しい。控え目に泰然と,しかし憂いと苦悩も静かに甘受する,静謐で老成した世界。コンピュータに「直接接続」された特権者がこの世界で何を企てるのか? ギブソンや史郎正宗だったら,悪の組織の工作員や政府の特別捜査員といったところ。それはそれで,波瀾万丈血湧き肉躍る,清く正しいSF世界だろう(嗚呼,確かに。もはやサイバーパンクすらも「清く正しい」世界になってしまった)。そのような「血湧き肉躍る」強力な武器をひっさげて,管浩江的未来世界は何を企むか・・・というと,それが「博物館」。そう,博物館(美術館や植物園,動物園まである・・・まさに「博物館法」に則った正しい博物館)なのです。この発想,素晴らしすぎ・・・。誰がこんな発想しますか?フツー。そんなすばらしい能力持っちゃったら,フツー世界制覇の野望とか,悪に対する使命的正義感とかちゃうの? ところがこの世界の住人たちは,そんなごたいそうな動物的欲望には殆ど無縁で,ひたすら「美」と「人類の叡智」に奉仕するわけです。まさに植物的達観。事実,この世界では脳外科手術を受けネットワークに「直接接続」された異能の博物館学芸員たちが,ラグランジュ・ポイントの人工小惑星に建造された人類の理想郷とも言える壮大な博物館を舞台に活躍する。いや,「活躍する」・・・と言っても,ここが管ワールドのもう一つの魅力。これら異能の直接接続者たちは,その人類最高峰の技術と知識を手に入れながらも,日々,救いがたく官僚的な上司の愚痴を言い,解決不能な縦割り行政を恨み,殺人的な仕事量に忙殺され,己の無能さと理想との乖離に悩む・・・。とまあ,なんとも今日的でありがちな,身近で退屈な日常が淡々と続くのだ。なんという愚かで矮小な愛すべき人間たち! そして凡庸な日常の中に起こるたいしたことがない些細な事件・・・。これってホンマにSFかいな?
管浩江の世界観は,実は絶妙なバランスで成り立っている。テクノロジーに裏打ちされた近未来,人類の理想である美の砦,そして人間臭い繊細な心理描写・・・。それらどれか一つのファクターだけでも物語としては十分成り立つことは,管の精緻な筆運びからすれば一目瞭然。それはそれで独立した物語として成功させることも可能だろう。しかし,管は敢えてギミックなSF大作に盛り上げもせず,蘊蓄くさい美術談義にも陥らず,下世話な人情話にも惰せず,絶妙な成分配合で豊穣な世界を作り上げる。・・・理想的な世界? いやいや,主人公が盛んに愚痴をこぼすように,これはまだまだ理想の境地ではないだろう。幸福な「博物館惑星」を以てしても本当の人類の「理想」には到達し得ない。愛すべき登場人物達はみなそれを達観しているのかもしれない。しかし,一歩一歩理想に近づきつつあるこの世界に生きる彼らは凛々しく美しい。一歩一歩近づき,そのたびに遠ざかる理想。漸近線とは無限の彼方でも決してそれに到達し得ない哀しき目標なのだ。だからこそ,それでも理想に近づこうとする行為は崇高的なまでに美しい。それを具現する世界を構築する,美しく巧妙に設計されたこの装置,それこそが「博物館惑星」なのだ。その理想まであともう一歩,という美しい世界,それは理想的なまでに美しい。こんなSFがあったなんて。
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August 25, 2005 | ロンリープラネット主義!
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来月はアイルランド出張です。んで,先日,梅田に出てガイドブックを買ってきました。
■Tom Downs, et al.: "Lonely Planet Ireland" 6th Edition, Lonely Planet Publication (2004).
■Martin Hughes: "Lonely Planet World Food Ireland" 1st Edition, Lonely Planet Publication (2000).
ぽた家が海外出張/海外旅行するときのガイドブックはいつもロンリープラネットです。これが一番情報が多いから実に重宝してます。「地球の歩き方」も「るるぶ」も「マップル」も悪くはないですが,これはまあ必要なところを図書館とかで断片的にコピーして使うくらいかな。ロンリープラネットは保存版として旅の思い出を詰めて本棚に並べておくのもよし,実際旅行に持って行ってこれを片手に街をウロウロするのもよし。ぽた家にとってはなくてはならないガイドブックです。いやいや,ぽた家だけでなく,ロンリープラネットは世界中のバックパッカーの必携の書。さらに,バックパッカーの若者だけでなく老若男女の旅行の供です。世界中で愛される理由はちゃんとあります。まずはそこからご紹介。ロンリープラネットのよい点(ぽた郎&ぽた子が個人的に気に入っている点)を列挙してみます。
- データが満載。「地球の歩き方」や「るるぶ」,「マップル」など日本のガイドブックに比べデータ量が圧倒的に豊富。特に,地方都市に行くとその差は歴然。全然観光地っぽくないところもちゃーんと載ってます。ぽた郎の出張先はなぜか地方都市が多いので,どーやってそこに辿り着くかは死活問題。こういうとき,日本のガイドブックはほとんどアテになりません。ひどい時には1ページのわずか半分のスペースだけ,地図なし写真なし,っていう街もありました(大きな街なのに,観光地じゃないとこの扱い)。観光客が行かないところは書いてもムダなんでしょうかね〜。その点,ロンリープラネットは「うわ,こんな街まで載ってる」というくらい緻密に網羅されてます(試しに「Japan」でご自分の住んでる街や出身地を見てみると面白いです)。
- もちろん,大都市でも重宝。図書館とか本屋とか(地元の人が行く)ショッピングセンターとかレンタサイクルとか,日本のガイドブックにはこんなん全く載ってません。結局日本のは,有名な名所旧跡をまわる以外の行動はあんまし想定していないのね・・・。
- 女性の一人旅や子供連れ,老人,障害者,ベジタリアン,ゲイなど所謂マイノリティーにもちゃーんと配慮してあるところ。これもぽた郎にとってはかなり重要なポイントです。日本のガイドブックはまってくアテにならん。ベジタリアンなんてこの世に存在しないが如くです。ロンリープラネットさえあれば,地球上,どこへ行ってもおいしいベジタリアンレストランでうまいものにありつけます。しかも,大抵は地元のいい食材を使って丁寧に作られた郷土料理が多く,ロンリープラネットで紹介されたベジレストランでいまだハズレに当たった試しがありません。(^^)v
- 何より,ロンリープラネットは歴史や文化的背景,社会情勢なども巻頭にしっかり書かれており,まずその国にリスペクトすることから始まるのがよい姿勢です。「地球の歩き方」では巻末に駆け足で書かれる程度。扱い方が全く違います。やっぱ,歴史って大事だよね。
- 写真が少ない。いくつかカラーの挿入ページが所々に挟まってるだけ(それもここ数年の版でようやく,というカンジ)。日本のガイドブックに比べれば圧倒的に写真が少ない。これは実は「ミシュラン」も同じ。ぽた郎が去年買ってきたいくつかのパブガイドなど殆ど全てその傾向は共通。なんでや〜。もちろん,綺麗な写真集など安く売ってたりしますが,ことガイドブックに関してはどれもこれも驚くほど写真が少ないものばかり。アチラの人はよほどイマジネーションがあって,旅の前からシミュレーションをするのは好きではないのかな〜? どなたか,この理由を教えて下さい〜。
- 紙面が地味。写真が少ないからと言う理由もあるが,ひたすら文字列の羅列。レイアウトの工夫もデザイン感もあったものではなし。特に日本語版はナゼか貧相〜に見えてしまいます。英語版だとそーでも見えないのに,この印象の違いはなんでや? だれか合理的に説明して下さい〜(笑)。というわけで,せっかく日本版にするのならも〜少しオシャレにアレンジしてもよさそーなのに(という理由で,ぽた家は日本語版でなく英語版を買ってます)。
- 高い。冷静に考えると高いよ,やっぱし。例えば,「Lonely Planet Irerand」はUS$で21.99ドル,UK£で13.99ポンド。日本円に換算すると,それぞれ2,319円(1$=110円で換算),2,770円(1£=198円で換算)。イギリスで買うと物価が高いから割高感はあるとしても,日本で洋書として買うとさらに高い。それに対して,「地球の歩き方 アイルランド」は1,722円。情報量が違うから単純に比較はできませんが,このお値段の差はうーん,というカンジ。これでは日本では(日本語版として売ったとしても)なかなか売れないな〜。がんばれ,ロンリープラネットさん。
- 分厚い。分厚すぎ。情報満載だから仕方ないのかもしれませんが,とにかく嵩張り過ぎ。特に「Britain」とか「France」とか「Spain」とか買うと,こりゃもう「辞書」だよ,ハッキリ言って。てなわけでぽた家は「Britain」の代わりに「England」,「Spain」の代わりに「Andarsia」という地域バージョンを買いました(「France」はホンマは「Province」を買いたかったのですがパリの本屋で英語版が売ってなかったので・・・)。まあ,「地球の歩き方」みたいに良い紙使ってないんで,厚さの割に重くないのが救いですが。欧米のバックパッカーは握力あるのかな〜・・・?(笑)
- 日本語版が圧倒的に少ない。メジャーな国しかない。本屋になかなか売ってない。出すならもっとバーンと出さんと・・・。大手出版社で提携してくれるところがあると大々的に売り出せるのにね。難しいかな?
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July 25, 2005 | 杉浦日向子先生逝去
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http://www.asahi.com/obituaries/update/0725/001.html?ref=rss
突然の訃報で愕然です。杉浦日向子先生が逝去されました。ええ,先生と呼ばせて頂きます。人生の師。直接お会いしたことはないけれど,そう勝手に思ってる「弟子」は密かに多いに違いないでしょう。そんな魅力のある漫画と文章を書き続ける素敵な姉御でした。その渾々と湧き出る知と悦楽の泉も突然涸れ,もう我々の乾いた喉を潤しては呉れないのですね・・・。まだ46歳。若い,若すぎる。惜しい,惜しすぎる。日本文化にとって大きな損失です。・・・とはいえ,江戸時代の平均寿命は30歳程度。日向子先生なら,「エエモウ,十分長生きしたわ,ホホ」とか軽ろやかに笑って旅立ったんでしょうか。冥福をお祈りします
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July 15, 2005 | 「衝動買い日記」を衝動買いする。
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旅先で本屋に飛び込むのは楽しい。じっくり時間があるときに古本屋で舐めるようにして背表紙を追っていくのも愉悦であるが,例えば発車10分前の駅構内の小さな本屋で文庫本を電撃に抜き取るのもスリルがあって面白い(註:決して万引きではありません。ちゃんとレジに持ってきます(笑))。旅の名物や名所とは全く関係がないが,そうした本たち(の記憶)も土地の匂いが染みついた立派な旅のお土産にほかならない。
■鹿島茂:「衝動買い日記」, 中公文庫 (2000-2004).
さて,今回の旅で電撃的に引き当てた文庫本がコレ。その名も「衝動買い日記」。まさに衝動的に手が伸びました(笑)。鹿島茂とは,知る人ぞ知る物欲大魔神(失礼!)の大センセイ。なにせ「馬車が買いたい!」「子供より古書が大事と思いたい」などのショーゲキ的なタイトルの書物をお書きになる方。古書マニアとは蓋し斯くありなん。以て我が師とす。いつか見てろよ俺だって。欲しがりません勝つまでは(これは違うか)。・・・というほどぽた郎が愛して止まないステキな文章(そして物欲情報)をお書きになる方です。
と,崇拝している割には今頃になってしかも文庫本を古本屋で買ってくるシブちんのぽた郎ですが,まあそこはやはり,買うべきときに買った,という絶妙のタイミング。やはり本に呼ばれた,と言えましょう。タイトルのごとく,この本は物欲(しかも即物欲とでも言うべきか)のオンパレード。例えば・・・「腹筋マシーン」「ふくらはぎ暖房器」「猫の家」「男性用香水」「体脂肪計」「ごろねスコープ」「封書用ペーパーナイフ」「中華健康棒」「ミュージアム・グッズ」「しちりん」「毛沢東・スターリン握手像」・・・などなど。最後のブツなぞはみうらじゅんの「いやげもの」に近いパワーを発しています。しかもその値段はいやげもの価格にあらず。さすがです。その他全編に亘って,この鹿島センセイの物欲に対するダメダメぶり,実に微笑ましいです。天晴れ。おもしろうて,やがて哀しき衝動買い。衝動買いだよ人生は! ちなみに,鹿島教授の流儀では書籍は衝動買いにあらず(一件だけ例外的に75万円の挿絵本がリストアップされてますが)。この理論もむちゃむちゃですが素晴らしい。実にお手本になります。ウム。
ところでこの本,通勤電車の中ではお勧めできません。思わず吹き出したり身を捩りながら笑いを堪えたりして回りから白眼視されるから。日曜日の散歩の供にもお勧めできません。帰ったら首を傾げたくなる妙なシロモノを手に取ってレジに並んでしまう可能性があるから。給料日前の財布が侘びしいときに自宅で静かに心を空にして読みましょう(間違ってもクレジットカードを手に届くところに置いたり,ネット通販のサイトを開きっぱなしにしないこと!)。
さて,まさに我々(「我々」? そう,「我々」だ。そう,そこのあなた!)のバイブルのようなこの「衝動買い日記」ですが,この本を読んで,我が身を振り返ると・・・。スミマセン,ちょっと反省。よく考えたら,ワタシ,普段から決まったものしか買ってないのねン。本,CD,酒,(たまに)黒い服,本,CD,酒,(たまに)自転車,本,CD,酒・・・。嗚呼,なんて予定調和的な平凡な人生。こうやって自分の血となり肉となる有益な物しか所詮買う勇気がなかったのか・・・。私って衝動買いが出来ないチッポケな小市民なんですね。スミマセン,負けました。大センセイのようになるにはまだまだ修業が足りん・・・。
・・・とひとりごちてたら,ぽた子さんに「アホちゃうか」と一蹴されてしまいました。あーまた今日もぽた子さんに怒られちった。( ̄▽ ̄)
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July 09, 2005 | 福岡で古本を漁る
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今回の九州出張の折りに一瞬だけ福岡に立ち寄った。街を歩いてると古本屋があったのでフラリと吸い寄せられるように中に入る。またしても本が呼んでるような気がしたのだ。今回の収穫物は・・・,
- 倉橋由美子:「アマノン国往還記」,新潮社 (1986).
- 辻邦夫:「眞畫の海への旅」,集英社 (1975). (「海」は旧字体)
- 辻邦夫:「時の扉」, 毎日新聞社 (1977).
- 中井英夫:「悪夢の骨牌」,平凡社 (1973).
- 中井英夫:「小説集 夕映少年」, (1985).
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July 03, 2005 | 塚本邦雄,雨の日曜のサティ,倉橋由美子
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雨の日曜日。どこかに出かけるのもおっくうなので,家でダラダラ過ごす。こんなに自由な時間をもてあましてみるのは,実に久々だ。ヒマにまかせて先日,京都の「アスタルテ」で買ってきた塚本邦雄の本を読む。
■塚本邦雄:「玉蟲遁走曲」,白水社 (1976). (絶版)
やはりこの人は只者ではない。ワーグナーと斑鳩,カルミナブラーナと梁塵秘抄,レオ・フェレから西條八十まで,時空を自在に往還する。旧字体旧かなづかいで,居合い抜き的辛口評論を展開する好々爺。元?ワグネリアンらしい氏であるが,エリック・サティに関しての微笑ましい論評があった。引用しよう。
エリック・サティは恐らくワグネリアンやベートーヴェン病患者やモーツァルティストには鼻持ちならぬ存在だらう。そして彼らを顰蹙させることが,結果的にはサティの目的だつたとも言へよう。音楽は哲学ではない。まして宗教などであらうはずもない。あの大層な情念の熱気,あの荘厳無比の理念と表白,不可解,不可批評の形而上学,それらの仮面がサティには耐へがたかつた。それらの恐るべき先入観と属性に汚染された音楽を,新鮮な大気(エール)と調べ(エール)に還元し,人人の<明暗(あけくれ)の額 = musique tous les jours>を創らうと考へたのだ。(原文は旧字体)雨の日曜日のアンニュイな午後,音楽をかけるのも億劫な気怠い気分の中で,突如,頭の中でサティが鳴りはじめた。そういえばぽた家書庫にもサティの音盤があったはず。そう思って書庫を家捜しすると・・・,おお,あった。ありました。サティ全集。そーいえばこんなん昔買ったっけね。いつ買ったかもう覚えておらん。それぐらい昔。
■ERIK SATIE, L' Oeuvre pour piano, Aldo Ciccolini (piano), EMI Classics CDS 5 55076 2(五枚組)
さっそくiTunesに焼き,テンポの遅い曲を選んでボリュームを絞ってかける。Gnossiennesとか,Vexationsとか,Deux petits choralsとか。日曜日の読書のBGMには最適な音楽。
サティをかけながら塚本邦雄を読む。そういえば,倉橋由美子もサティが好きだったっけな・・・と思い立ち,またまた書庫に降りてゆく。ああ,ありました。そのままずばり,「最後から二番目の毒想」。
■倉橋由美子:「最後から二番目の毒想」,講談社 (1986).
こちらは特に音楽評論(エッセイ)ではなく,文芸評論。改めて読み直すと,やはり倉橋女史ならではの毒のある,しかし愛のある辛口批評。あとがきから少し引用してみる。
最後にこの本のタイトルについて書いておくと,サティの愛好者ならすぐにお気づきのことと思うけれども,これはサティのピアノ曲「最後から二番目の思想」によるものである。(中略)私の書くものはほとんどが毒薬である。ただし,服用すれば正気に返るという効用のある毒薬である。それで,この本の中味を簡単に言えば,「いつも惰眠を貪っているふとりすぎた脳細胞を目覚めされるための毒言集」ということになる。もちろん,これもサティの「いつも片目をを開けて眠っているふとった猿の王様を目覚めされるためのファンファーレ」に倣ったものである。残念ながら,長すぎて本の背表紙に収まりそうにないので,タイトルにするのは諦めた。
日曜日の午後,BGMのサティを介して,二人の作家が繋がった。二人の作家の(そしてもうひとり作曲家の)共通点は,妖しく甘美な毒,棘のある美しい華,というところだろうか。ヨーロッパのカラリと乾いた思想と,アジアのしっとり湿った情念を適度に往来する二つの巨匠。奇しくもお二人とも,つい最近相次いでお亡くなりになられたばかり。改めて,この二人の後を継ぐ者がいるかと憔悴しつつ,一つの時代が終わったことに愕然としつつ,ご冥福を祈ります。
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June 25, 2005 | 京都のアスタルテにて塚本邦雄に会ふ。
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本日は京都出張でした(近すぎて出張とは言わんか。でも京都に来るのは久々)。仕事が終わったあと,夕闇迫る京都市内を徘徊。久々の「アスタルテ書房」に立ち寄る。古びたマンションの二階にある隠れ家的異次元ポケット。時間の止まった書斎でしばし,生き返る。ああ〜,古本屋で黴臭い匂いに囲まれると,ホントに「今,此処ニ,我アリ」という気になります。生気が蘇る。
ほんまは今日は先日逝去した倉橋由美子の初版本などを物色しに来たのだが(文庫本,単行本ではほぼ全部持っているが),お目当ては見つからず,フラフラと視線を彷徨わせていると塚本邦雄の本に呼ばれているような気がした(塚本邦雄もつい先頃お亡くなりになりました。時代が変わって行くとはこのことなのね)。塚本邦雄に限らず,短歌はなかなか難しくあまり趣味ではないぽた郎だが,これまで唯一「十二神将変」を読んで,その端正な異端の世界が強く印象に残っている。というわけで,今回も短歌でなく評論と小説をチョイス。
- 塚本邦雄:「玉蟲遁走曲」,白水社 (1976).(直筆落款アリ)
- 塚本邦雄:「荊冠傳説」,集英社 (1976).(正しくは「説」は旧字体)
- 塚本邦雄:「國語精粹記」,創拓社 (1990).
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February 11, 2005 | 弱きもの,汝の名は悪魔なり
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物騒な凶悪犯罪が起こる昨今,迂闊に「悪魔」を擁護する論を張ると,ややもすると大な誤解と偏見を被りかねない。ここは慎重に行こう。ここでは,ひとまず,「悪」と「悪魔」の相関性は置くとする。確かに悪魔は悪を犯すかもしれない。しかし,「悪魔」と呼ばれる必要十分条件は「悪を犯すこと」ではなく,「神に悪魔と呼ばれること」なのだ。それに過ぎない。前回のミトラ神を追って,深い本の森に分け込んでしまった。迷うがままに彷徨ってみよう。以下,またしても恐縮だが,長々と引用。
■J.B.ラッセル(野村美紀子訳):「悪魔 古代から原始キリスト教まで」,教文館 (1984).
反対物の共在は天界の戦いという概念によって表現されることがある。しばしば一群の神々が若い世代の神々によって位を追われ,悪とみなされるようになる。キリスト教徒はギリシアとローマの神々からデーモンを作った。オリュンポスの神々はティーターンを有害な霊に変え,テュートン人の神々は巨人族を征服した。インド=イラン人の宗教にははじめ二組の神々がいた。アシュラ(インドではアシュラ,イランではアフラ)族とデイヴァ,またはディーヴァ族である。イランではアフラ族がディーヴァ族を征服し,アフラ族の指導者が主神アフラマズダ,光の神になった。ディーヴァは悪霊の地位を与えられて,闇の王アーリマンの手下になった。インドではディイヴァ族がアシュラ族を倒した。ある意味ではインドで起こった結果はイランの場合の反対だが,深い意味では,起こったことはきわめて近い。一群の神々が他の神々に征服されて全体として悪霊の地位へ逐いやられたのである。(中略)「神」と悪魔は永劫の昔から存在し,力を合わせてきた。あるいは両者は兄弟である。あるいは「神」が悪魔を創造する。あるいはさらに近い関係で「神」が悪魔を生む,あるいはみずからの本質から作り出す。
(中略)
ヘブル人ははじめ,ヤーウェが神なる原理の唯一の顕現である,と主張した。かれらの神は「神」になった。だがかれらは自分たちの唯一の神が可能な限り至善であることを欲した。こうしてかれらは暗黙のうちにまた無意識に,「神」の悪の面を善の面から分離して,善の面を主,悪の面を悪魔とよんだのである。それでもかれらの宗教の原理は本質的に一神論だったから,かれらはふたつの別々の原理の措定の前では踏みとどまらねばならなかった。そのため悪の精神である悪魔は変則的な地位にとどまることになった。一方では悪魔は悪の作り手であって,悪魔が存在することによって主は世界に存在する多数の悪に対する直接の責任を逃れた。その一方で悪魔は独立の原理ではなく,主の被創造物,さらには僕であるとさえされた。この変則性が潜在的な一元論と二元論との緊張を生むことになった。悪魔は旧約聖書ではめだつ存在ではなかったが,外典,黙示文学,新約聖書ではおおいに発達した。たんにつまらない迷信の添加などということではなく,悪魔は「神」自身のうちから生じたのであり,善の主の対をなす存在,双児の一方であり,神の影なのである。(下線部はぽた郎による)
■ジョルジュ・ミノワ(平野隆文訳):「悪魔の文化史」,白水社文庫クセジュ (2004).
そもそも,多神教は悪魔をそれほど必要としてはいない。それもそのはずで,数多の神々が存在するところお互いが牽制しあい競合関係が生まれるのは必定であり,しかも,こうした神々は,利害に応じて善人にも悪人にもなりうる曖昧な存在であるから,それだけで悪の存在を説明するに足りうるのである。一神教はこれとは正反対で,悪魔なしでは立ち行かない。唯一神である限り,その神がすべての源とならざるをえない。つまりは,善のみならず悪の源泉にもなってしまう。この大問題を回避する方法は一つしかない。すなわち,悪の存在を説明できる逃げ口上を,なんとか見つける以外にない。この逃げ口上がまさしく悪魔であって,これ以上に解決法は見当たらない。ただし,全能者の創造した世界を,なぜより劣った存在が混乱せしめうるのかを,まだ説明する必要は残されているが。
神は「絶対者」に近づけば近づくほど,より強力でより善良,かつより普遍的になるが,同時に,神にとって悪魔の存在は,もはや必要不可欠なものにならざるを得ない。悪魔の概念が,キリスト教という宗教において,最も高い完成度にまで練り上げられた理由も,この辺りに求めうるだろう。逆説的なことに,サタンのみが神を救いうるのである。サタンのおかげで,現世における理不尽な肉体的・精神的苦痛を説明することが可能となるからだ。もし,このサタンがいなければ,全能にして無限に善なる唯一神なんぞを,一体誰が一瞬たりとも信じるであろうか。完璧なはずの神が,これほど悲惨な世界しか作れないのだから,当たり前の話である。ジョン・ウェスリー(1703〜91年:英国の宗教改革者。メソジスト派の開祖)の喝破した通りで,「悪魔なくして神なし」ということに相成る。もちろん,逆も真なりであって,いわば,このカップルに別れ話はありえない。
(中略)
・・・すべての一神教は,実は偽装した二元論にほかならない。悪の神が下位にることを信じて貰おうとして,どんな言い訳をしたところで,この本質は変わらない。大抵の場合,至高の神という不公平な審判者を措定して,善に軍配を上げようとするのである。ユダヤ=キリスト教という一神教もまた,この枢要な問題に直面せざるをえない。すなわち,一体いかにして,悪の敵すなわち善なる唯一神の全能と,悪の執拗なる存在とを,両立させうるのか,という問題にである。(下線部はぽた郎による)
秀逸な批評の引用のあとには,多くを語るまい。とはいえ,ちょっとだけ蛇足を。(イブに知恵を与え賜うた楽園の蛇も足があれば疎んじられなかったろうか?) 「悪魔」とは「悪」を成したかどうかが問題ではない。「神」から烙印を捺された者がすなわち「悪魔」なのだ。そして,神は己の意のままにならない者には烙印を捺したがる。「神」を「合衆国」あるいは「ブッシュ」と,「悪魔」を「イラク」あるいは「フセイン」と置き換えて見よ。まるでかの国の国務長官(おそらく大天使長に相当するのだろう)の就任演説である。「神」はうっかり倒してしまった「悪魔」を懐かしみ,己の地位を守るために新たに「悪魔」を探すことに躍起になるよりほかはない。もちろん,「悪魔」に安易に同情するのは禁物であるが,「悪魔」=「悪」と直情的に結びつけるのは,それこそ「神」の思う壺ではないだろうか? 「神」からも「悪魔」からも離れて,怜悧な理性の目を以て物事を見よ。歴史は,そして宗教学は,そう教えている。
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February 06, 2005 | ミトラ君の大冒険,あるいはシンクレティズムとメタモルフォーゼ
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少し前になるが,Qyouさんのブログのコメント欄で,ミトラ教の変遷についてにわかに盛り上がった。それ以来,ふつふつと思いを巡らしている。ユーラシア大陸の神々のメタモルフォーゼとシンクレティズムについては,学生時代にミルチア・エリアーデにハマって宗教学関係の本をだいぶあれこれ読みあさったものだ(と言っても系統立てて勉強したわけではないのであくまで乱読)。久々にぽた家書庫の宗教学関連書をひっくり返してみる。以下,備忘録的に抜粋。
■岡田明憲:「ゾロアスター教 神々への賛歌」,平河出版 (1982).
このヤシュト(ぽた郎註:ゾロアスター教の賛歌のうちのひとつ「ミフル・ヤシュト」のこと)の献ぜられるミスラは,ヴェーダ神話ではミトラの名をもってインド・イラン起源の重要なる神格であるばかりでなく,キリスト教以前のローマ帝国において国教的地位を占めたミトラ教の主神でもある。さらに矢吹慶輝博士以来,仏教の阿弥陀仏の起源に関係する事は我国でも何回か言われており,さらに最近では,この神を仏教の弥勒に関連づける見解が有力である。このように,宗教史の研究においては,このミスラの位置は非常に重要なものがある。
ヴェーダのミトラは,ヴァルナと共に双神としてアーディティア(光明)神群の主神である。そして本来の正確は天空神であった。ただヴァルナの夜天に対して,ミトラは昼天だったと考えられる。ザラスシュトラ(ぽた郎註:日本ではゾロアスターあるいはツァラトストラとも表記)自身は,ヴァルナをミトラより切り離してアフラ・マズダーとしてその主神に据えたのに対し,ミトラ=ミスラを無視している。これはガーサー(ぽた郎註:宗教改革者ゾロアスター自身の説教)を見れば明白である。そして,この双神たる位置より切り離されたるミスラは,次第に太陽神と同一視されて,民衆の間にこの神に対する信仰が盛んになっていった。
■岡田明憲:「ゾロアスター教の神秘思想」,講談社現代新書 (1988).
ユダヤ教の個々の天使が,ゾロアスター教の天的存在の中の特定の何と関係するのかということは,いまだ不明な点も多い。しかし,はっきりと,その関係を指摘できるものもある。その一例として,この世を主宰するユダヤ教の天使,メタトロンと,ゾロアスター教のミスラの関係について述べよう。メタトロンは天使たちの王とも称され,小ヤーウェとさえ言われる。すなわち,彼は神自身につぐ権力の所有者なのである。否,彼は,しばしば,神自身にも匹敵する存在と考えられた。メタトロンの住居は神の住居である第七天とされ,タルムードの賢者アヘルは,この天使を二番目の神としたゆえに異端者となる。
ゾロアスター教のミスラは,古くは,アフラ・マズダーと並ぶ神格であった。ゾロアスター自身は,ミスラ崇拝を拒否してアフラ・マズダーを唯一の最高神としたが,イランの一般民衆の間では,ミスラ信仰は盛んであった。そこでゾロアスター教は,イランの民衆宗教として確立する過程で,このミスラ信仰を自己の中に取り入れざるを得なかった。
(中略)
ミスラの正確には,メタトロンとの類似を見いだせる多くの点がある。ミスラの語義は「契約」であり,彼は契約の守護神とされる。メタトロンも契約の守護天使であり,神と大地が人間の貸与にあたって取り交わしたとされる契約書は,メタトロンの手になるものである。またメタトロンは背が高いことで有名だが,ミスラも,先述のヤシュトで「丈高き者」と称される。
メタトロンが夜警にたとえられるのは,ミスラが眠らずして常に人を監視するとするのに共通する。監視者としてのミスラに関係して,彼は「万の眼を持つ者」と言われる。ユダヤ教の伝説にも,エノクが天界に引き上げられて,無数の眼を備えたメタトロンになったとする説がある。さらに,メタトロンの顔は太陽のようであるとされるが,ミスラもしばしば太陽神と同一視されるのである。
■井本英一:「死と再生 ユーラシアの信仰と習俗」,人文書院 (1982)
イランのミトラ(ミスラ)は山岳の頂上で祭壇をもうけずに祭られ,マゴス僧(ぽた郎註:ヘロドトスの表記でゾロアスター教の僧侶のこと(だと思いますたぶん・・・))は(牛の)犠牲を屠り,神々の誕生を歌った。のちにそれは女神アナーヒターと合祀された(ヘロドトス『歴史』1・131-2)。ゾロアスター教の聖典『アヴェスタ』ヤシュト10章にも契約神ミスラが高山の山頂にいて善悪両面を持ち,両軍の戦場の中間にあって請われた方に味方するとある。またミスラは終末の戦闘に現れて善者に味方するが,また牛の主として広大な牧地の所有者とも呼ばれる。
この軍神的な正確がローマ兵に受け入れられ,かつては西はロンドンにまで伝播したミトラス教では,ミトラスは(山頂の)岩あるいは河岸のイチジク樹の下の岩の洞穴から松明を手にして暗闇を照らしながら生まれた。ミトラスは,牡牛を洞穴に引きずり込み殺害する。牛の血や四肢から有用植物や動物が生まれ,牛の精は動物の守護者になる。
(中略)
ミトラス教ではミトラスはイチジク樹下の岩から生まれるが,弥勒は竜華樹下でゾロアスター教の救済者サオシヤントと同じように三たび出現す樹,生命の水,境界石(洞穴)の表象が顕在的にも潜在的にも両者に見られるのである。一生補処の梵語エーカジャーティ・プラティバッダの意味は「(死のない)生のみにつながれた」であり,『法華経』などでは最終身と訳しているが,ゾロアスター教のメシア思想と同じ構造を持っていることは注目に値する(『旧約』のメシア思想はゾロアスター教の影響とする学説が一般的である)。
(中略)
『中阿含教』所収の「説本経」には,俗世と聖世の弥勒の二つの別がある。(中略)このように仏教ではかなり薄れてしまったとはいえ,弥勒に二面性があることがまだうかがえる。阿夷多(ぽた郎註:原文では「多」は「口へん」に「多」)や阿逸多は梵語アジタの写音で,無能勝と訳されているが,これはミトラス教の太陽・無能勝ミトラスと契合する。ちなみに,太陽はインド・イランにおいてもミトラの持つ属性の一つで,夜光燦然,暗闇を照らすなど別の形で表現されることがある。『当麻曼荼羅縁起』には曼荼羅の糸を染めた染井や役行者の植えた桜樹,また夜々光を放つ弥勒の形をした巨石が出てくる。
■宮田登:「ミロク信仰の研究 新訂版」,未来社 (1975).
仏教における弥勒の正確については,その研究の成果(ぽた郎註:高取正男,宇井伯寿らの研究)が以下のように語ってくれる。すなわち弥勒の語義はサンスクリットのマイトレーヤの音訳である。本来の原義は古いインドの伝統的な神格ミトラである。ミトラ神は『ヴェーダ』に現れるところでは,インド,イラン,さらにギリシャからエジプトにわたる地域に知られた一種のはやり神であって,契約とか約束の意味を示すものであるという。
こうした意味を持つ名,つまり弥勒という名の男が仏陀釈迦の弟子の一人にいて,彼はきわめて天才であったというが夭折した。釈迦の初期の教団内部で卓越した存在であった弥勒は,人々の間で永く記憶に留められ,やがて伝説化するに至った。かくして将来の仏陀として理想化された弥勒の説話がさまざまに説かれるようなったのである。
(中略)
八重山のミロク踊については,その伝来について次のような云い伝えがある。
寛政三年(1791),黒島首里の大浜用倫が上国の帰途逆風にあい,安南に漂着した。安南では当時豊年祭で弥勒仏が出ていたのを見て,弥勒面を乞うて帰途についたのだが,所用のため,随行の百姓新城筑登之に,自作の弥勒節を付してその面を託した。用倫は客死したが,筑登之は,歌と面と衣装を持ち帰った。これがそもそものはじめという。
芸能化したミロク踊りが整った時期に関してはおそらく右の伝承は歴史的事実に基づいているといってよいのかも知れない。そして布袋の弥勒面の伝来も,あるいはそうしたきっかけによるのかも知れない。しかし,ミロク踊が,近世中期に安南から伝播したが故に,これをまったくの外来要素とする理解の成立しがたいことは,今まで述べてきたことから明らかであろう。弥勒面といってそれが布袋のことであるのは,中世以来よく知られたことであった。『十訓抄』に,「布袋和尚は弥勒の所作なり」とする布袋は,中世末期,京の町衆の間で,福神の一つとしてもてはやらせていた。
(中略)
布袋に体現された弥勒は,巷間にあって,民衆と交わる,いわば日本の宗教社会における隠身の聖ごとき存在であったことが推察される。長汀子=布袋の伝説は,唐末の混乱期に顕在化した民衆の弥勒下生待望の一表現と見なされよう。
■J.B.ラッセル(野村美紀子訳):「悪魔 古代から原始キリスト教まで」, 教文館 (1984).
ローマ帝国にもっとも広く普及したのは,キリスト教を別にすればミトラ教だった。これはイランのマギ教(ぽた郎註:ここではゾロアスター教およびその派生宗教のことを指す)の教義と豊穣の思想とを組み合わせた宗教で,ミトラ教の中心となる神話によれば,世界の原理はアイオーン,無限の時間である(ズルヴァンと考えあわせよ)。アイオーンからオールマズドまたはユピテルという名の男性原理である天,スペンタアルマイティまたはユーノーという名の女性原理である大地,プルートンまたはハーデスとおなじとされた地下の霊アーリマン,が生まれる。(中略)戦いは永く続くが,アーリマンの威力がしだいに大きくなり,人類は次つぎにその支配下にはいって,ついにアーリマンがこの世の主にある。だが世界滅亡の直前に,原始の雄牛の再来である巨牛があらわれ,ミトラが降ってアーリマンとその軍勢を相手に最後の戦いを挑むであろう。死者は墓からたち現れ,ミトラがかれらを裁いて,善人と悪人を分けるであろう。オールマズドが悪人とアーリマンとデーモンどものうえへ焼き尽くす火を送るであろう。幸福と善との永遠の支配が続くであろう。キリスト教の終末論との類似に驚くばかりであり,アーリマンとユダヤ=キリスト教のサタンとの類似も同様である。ミトラ教とキリスト教はほぼ同時に出現したので,観念の相互影響が,少なくとも民間の水準ではあったものと考えてよかろう。両者の類似はおもに,オルペウス教とイランの思想を共通の二元論の背景とすることから生じた。
ミトラ教の祭儀の要素の中にも,のちに異教徒や魔女の概念に同化されていったものがある。ただしほとんどの豊穣の祭儀と異なり,ミトラの祭儀に参加するのは男性だけだった。信徒たちはたいまつをもって夜ひそかに,しばしば洞穴や地下室 --祭儀がひろまって経済的ゆとりができてからは,広いミトラ礼拝堂-- に集まり,聖なる食事をともにした。中心になる儀式は雄牛犠牲である。(中略)ミトラ教徒のあいだでもピュタゴラス学派の間でも,陶酔的な踊りや性的乱交は儀式に含まれていなかった。しかしこうした行為があるとかれらの敵が主張した理由は,わからないことでもない。このような装飾を伴って,ヘレニズム時代の秘境の儀式は異教の集会や中性の魔女のサバト,こんにち人工的に復興された魔女の儀式のための,定まった形式になったのである。
■葛野浩昭:「サンタクロースの大旅行」,岩波新書 (1998).
ヨーロッパでは,古くから各地でさまざまな冬至祭が催されてきました。帝政時代のローマでは,太陽神ミトラを祭る冬至祭(「無敵の太陽」とよばれました)が12月25日に行われました。また,種蒔きと農耕の神であるサトゥルヌスの祭も,12月17日から24日まで,どんちゃん騒ぎとして祝われました(このサトゥルヌスは英語の土曜日 Saturday の語源です)。前章でもふれたように,イエス・キリストの誕生日が12月25日に定められたのは,ミトラの冬至祭を取り入れたからです。
さて,引用ばかりでだいぶながくなっちゃったが,まとめてみよう。上に見たとおり,インド・イランのローカル神として誕生したミトラが,東に向かえば実在の人物マイトレーヤと同一視され弥勒(ミロク)になり,さらに布袋和尚とも習合して沖縄のミロク神(ミリク神とも)となって蓬莱の国に上陸する(最も東の端の地としては,柳田国男が「海上の道」で触れたように,鹿島の国かもしれない)。西に向かえば,ユダヤの天使メタトロンと習合し,あるいはミトラ教(ミトラス教)となって原始キリスト教と激しい覇権争いをする。キリスト教にはついに破れるも,クリスマスやサバトといった儀式に形を変えて,薄く広くその影響を浸透させていく・・・。なんとも雄大で気の長い旅だ。しかし,ユーラシアの西と東でやっぱりちょっとずつ繋がっているという,時空を超えた生命力(何しろ神様なのだから!)が微笑ましい。シンクレティズムとメタモルフォーゼを繰り返しながら,神々は人と人,民族と民族の間を渡り歩いていく。それは「神」を「文化」と置き換えてもおなじこと。人類の叡智と逞しさを(そして愚かさをも)深い感慨を以て感じぜずにはおれない。それが「宗教学」の醍醐味なのだ。・・・そうそう,ということで,最後にもうひとつだけ引用を。
■ミルチア・エリアーデ(島田裕巳,柴田史子訳):「世界宗教史 II ゴータマ・ブッダからキリスト教の興隆まで」, 筑摩書房 (1991).
・・・救済の約束は,ヘレニズム宗教の革新性と主要な特徴を示している。(中略)救済への希望は,当時のすべての精神的潮流と同様,シンクレティズムの影響のもとで展開されたのである。続きもあります。>>
事実,シンクレティズムはこの時代の支配的な特徴であった。シンクレティズムは古来,盛んに記録されてきた現象で,ヒッタイトの宗教やギリシア,ローマの宗教の形成においても,またイスラエルの宗教や大乗仏教,道教においても重要な役割を果たしてきた。しかし,ヘレニズム - ローマ時代のシンクレティズムは,そのスケールの大きさと驚異的な創造性において際だっている。シンクレティズムは,活力を失ってその不毛さを露呈するどころか,あらゆる宗教的創造の条件であるように思われる。
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December 31, 2004 | 時代小説!
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ぽた郎実家から,年末の大掃除で要らなくなって処分するから,と言って文庫本がどっさり送られて来た。幸いまだ書庫に余裕があるので有り難く頂戴致します。<(_._)> うちわけは・・・。
・池波正太郎 121冊
・藤沢周平 10冊
・司馬遼太郎 8冊
・吉川英治 8冊
・津村陽 5冊
・浅田次郎 2冊
全部時代小説ばっか。(笑) しかも司馬遼太郎は年明けに第2陣で送るそーな。 (^^; これからしばらく時代小説漬けかも・・・。読み終わるまでに何年かかることやら。(嬉しい悲鳴〜)
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November 24, 2004 | ブラッドベリご健在。
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東京出張の間,ぽっかり時間調整の時間ができちゃったので,近くの古本屋でほんのちょとだけ時間を潰すことに。ふらふらと店内を彷徨ってると,またまたワタシを呼ぶ本が・・・。で,手に取ってすかさずレジに連れてきました。たまたまもりおさんとこで「華氏911」のハナシから「華氏451」のハナシになり,ブラッドベリのことが頭の隅の残ってたので。で,今回,古本屋でこの本と目があっちゃったわけです。まさに It jumped into my eyes. というやつですね。
■レイ・ブラッドベリ:「塵よりよみがえり」,河出書房新社 (2001).
ブラッドベリって,もう過去のヒトとか,もうだいぶ昔に死んじゃったヒトとか(ひどい!ぽた子さん・・・)思われてるフシもありますが,まだまだ立派にご健在ですのよ〜。みなさん,ご存じでした・・・? 1996年に書いた「バビロン行きの夜行列車」も詩的にブッ飛んでてカッコよかったけど,今回の2000年に書いた「塵より・・・」も気になってたところ(でも新刊を買わけでもないのがワタシの軟弱なところ)。改めて読むと,こちらもや〜,なかなかです。ブラッドベリの詩的で修辞学的な表現は晩年になってますます磨きがかかってますね・・・。なんかもう悟りを開いちゃってるような究極の境地です。
ところで,今回のブラッドベリの作品は幽霊ものファンタジーで,表紙はチャールズ・アダムズ(アダムズファミリーの原作者)です。ということは,ブラッドベリ自身も当然それを念頭においてるでしょうし,大半のアメリカ人はおどろおどろしくもコミカルなアノ絵を思い浮かべながらこの作品を読み進めるんだと思います。が,しかし。私は読んでる最中,ナゼかずっーと萩尾望都の絵を頭に思い浮べていました。この作品を読んでると,「ポーの一族」の原作がまるでブラッドベリだったかのような錯覚すら覚えます。萩尾がブラッドベリの原作をベースに描いてるのは「ウは宇宙船のウ」だけなんですが,私の頭の中ではブラッベリ=萩尾の絵というのが,なーんか当然の公式のように棲み着いてます。でもそう思ってる日本人はたぶんワタシだけではないはずだ! ねえ,そう思いませんか?
【12月13日一部語句修正】
続きもあります。>>|
September 30, 2004 | シマダスらんきんぐ〜
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シマダス中毒患者が増えているらしい(笑)。それほどまにで魅力的な「シマダス」。貴方の机にも一冊シマダス,如何ですか〜。(^^)
というわけで,どこから読みはじめてもどのように読み進んでもおもろいシマダスですが,ぽた郎はフト興味深いことに気付きましたので,メモ的に残しておきたいと思います。
●島数の多い都道府県ベスト10 (これはシマダスのコラムに載ってました。ちなみにこのデータの「島」の定義はシマダスではなく海上保安庁のもの。)
- 1位 長崎県 971島
- 2位 鹿児島県 605島
- 3位 北海道 508島
- 4位 島根県 369島
- 5位 沖縄県 362島
- 6位 東京都 330島
- 7位 宮城県 331島
- 8位 岩手県 286島
- 9位 愛媛県 270島
- 10位 和歌山県 253島
いや〜,この戦い,ハラハラドキドキ。どの県も健闘しました。白熱した戦いに拍手を送りたいと思います。やはり島にはドラマがありますね〜。(違)
●島数の少ない都道府県ワースト10 (これはシマダスに載ってなかったのでぽた郎がシマダスをなめつくして独自調査をしました(笑))
- 1位 茨城県 0島
- 同 群馬県 0島
- 同 埼玉県 0島
- 同 岐阜県 0島
- 同 奈良県 0島
- 同 大阪府 0島
- 7位 栃木県 1島
- 同 山梨県 1島
- 同 長野県 1島
- 10位 福島県 2島
- 同 富山県 2島
- 同 鳥取県 2島
いや〜,ワースト争いも白熱しましたね〜。ある意味,たれぱんだ的デッドヒート。しかし,各県とももう少し努力してもらいたいものです。今後のさらなる健闘を祈る!(違)
・・・というわけで,たいへんベンキョーになりました。<(_._)> やはり「シマダス」,ただモノではない。奥が深いですね。ズブズブズブ・・・。
かくして,シマダス中毒患者の夜は更けていく・・・。(この仕事の忙しい時期に,そんなんしてるヒマあるんか?>自分)
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September 02, 2004 | 種村季弘氏を悼む
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いろいろ書きたいことがたまってるが,海外出張の直前でそれどころではなし。
取り急ぎ,種村季弘氏の逝去を悼み,氏の業績に敬意を表したいと思います。
ああ,20世紀がどんどん終わっていく。
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August 26, 2004 | シマダス第2版
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新しい「シマダス」がよーーーやく出ました。といっても既に7月に出てたんですが。今日,紀伊国屋に行って見つけて,その場で即買いしてしまいました,もちろん。
■SIMADAS編集部:日本の島ガイド SIMADAS シマダス 第2版, (財)日本離島センター (2004).
「シマダス」は第1版が1998年に出版され,(一部の間で熱狂的に)絶賛されるも在庫切れ状態が続き,増刷が望まれながらも入手困難になっていた本です。ぽた家も図書館から借りて読んでました。それが,今回,データも刷新され,第2版という形で装いも新たに発売されました。これはもう〜,買うしかない。・・・と思ってホクホクで帰ってきたら,なんと,本日の日経新聞の夕刊にもシマダスを紹介する記事が掲載されてました。なんという偶然。やっぱり流行ってるのかしら。
「シマダス」,情報満載ですが,決して観光ガイドではありません。言うてしまえば,単なるデータブックです。しかし,その行間からは,その島に住んでいる方々の生活にまで思いを馳せ,その島の表も裏も光も闇も酸いも甘いもまるごと愛そう,という真摯な姿勢が読み取れます。愛をもって,舐めるように読むべし。
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August 18, 2004 | 英語ブログはじめました・・・(?)
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本日は梅田の紀伊国屋に Thomas Cook を買いに行ったのですが,洋書コーナーを前にして,そーいえばしばらく前にみははさんやQyouさんのブログで英語を書く,ってことをやってはったな〜,と思い出し,それに影響されてか,思わずペーパーバックを何冊か買い込んでしまいました。で,買ったヤツはコレ。いずれも,これまで日本語で読んだもの(軟弱)。テキトーに選んだハズだが,みごと三冊ともSFになってしまいました・・。
■ George Orwell: "NINETEEN EIGHTY-FOUR", Penguin Books (1949, 1989).
■ Ray Bradbury: " FAHRENHEIT 451", Ballantine Books (1950, 1991). ←華氏911ではナイ。
■ Philip K. Dick: "DO ANDOROIDS DREAM OF ELECTRIC SHEEP?", Ballantine Books (1968, 1996)
ぽた郎もみはみはさんやQyouさんにならって頑張って英語のブログを書こうかとは思ったのですが,英作文はなかなか苦手でネットに自分の駄文を晒すの恥ずかしいので,「名文」を引用し,勉強(してるフリを)することにしようと思います。・・・というわけで,今日はジョージ・オーウェルの「1984年」。いきなり超名作ですな。「1984年」の一節に(ストーリーとは全然関係ないけど)ぽた郎のお気に入りの会話があります。これを英語でいってみよう〜。
"You telling me you ain't got a pint mug in the 'ole bleeding boozer?"うーん。かなり口語(ロンドンっ子訛り?)が入ってるんで,イキナリ難しいです・・・。ところでこの部分,なぜぽた郎がお気に入りなのかは・・・,こちらをご参照下さい(笑)。訳もそちらに。
"And what I hell's name is a pint?" said the barman, leaning forward with the tips of his fingers on the counter.
" 'Ark at 'im! Calls 'isself a barman and don't know what a pint is! Why, a pint's the 'alf of quart, and there's four quarts to the gallon. 'Ave to teach you the A, B, C next."
"Never heard of'em," said the barman shortly. "Litre and half-litre -- that's all we serve. There's the glasses on the shelf in front of you."
"I likes a pint," presisted the old man. "You could'a drawed me off a pint easy enough. We didn't 'ave these bleeding litres when I was a young man."
"When you were a young man we were all living in the treetops," said the barman, with a glance at the other customers. (p.91)
(ぽた郎註:原文では引用符はクォーテーションですが,モニタ上では見づらいのでダブル・クォーテーションにしてあります。)
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August 08, 2004 | 名古屋で沖縄本
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今回の名古屋出張ですごい掘り出し物をみつけてきました。なぜか名古屋で沖縄本です。本山で喫茶店を探しながらうろうろついでに入った古本屋でたまたま見つけました。
- 比嘉康雄(写真),谷川健一(文):「神々の島 沖縄久高島のまつり」,平凡社 (1979),定価5,200円
- 琉球政府文化財保護委員会(監修),山里永吉(解説):「沖縄の文化財」,経済評論社 (1969), 定価12,000円/US$35
前者は沖縄の写真家としてはこの人をおいて右に出るものはいない,といわれている比嘉康雄氏の初期の作品。もうすでに絶版です。ぽた子さんは那覇市の図書館で見た,と言ってました。モノクロですが,だからこそ静かに厳かに美しい,幻の祭りの貴重な写真です。ハードケース付き。
後者は豪華帙(註1)付き。カラー写真も若干色あせ,今の沖縄県立博物館に所蔵されているものが多いですので,美術カタログとしてはあまり価値はないですが,なにしろ「琉球政府文化財保護委員会」!というのがすごい。値段を見てビックリ(@_@)。思わず店主に「30,000円の間違いちゃいますか・・・?」と正直に聞いてしまいました(でもちゃんと額面どおり3,000円で売ってくれました)。家に帰ってネットで検索したら,確かに3,000円で売ってる他の古本屋もありました。しかし,20,000円の値をつけてるところもある・・・。ほんま古本の相場というのはようわからん。にしても,沖縄好き,古本好きのぽた家にとっては大満足の掘り出し物でした。ふっふっふ・・・と,ひとりニマニマしながら,くそ重い豪華本2冊,えんやこらと名古屋から持ち帰ったぽた郎でありました。( ̄▽ ̄)
・・・にしても,なぜに名古屋で沖縄本?(笑)
続きもあります。>>|
July 07, 2004 | 祝・千夜千冊
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札幌出張から帰って来たばかりでぐったりモードなんであまり深くは書けませんが,取り急ぎ。
松岡正剛の千夜千冊 http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya.html が本日,完了しました。まずはこの偉業を称え,祝福したいと思います。
一日一冊ずつ(とはいってもその毎日の評論には必ず複数冊の関連書物が紹介される),かかさず3年余り続けるというウルトラマラソン的な荒行を敢行した松岡正剛氏には,素直に深く頭を垂れたいと思います。
ま,敢えてひとことだけ言いますと,やはり,この手の類いの読み物をモニタ上で横書きで読むのはつらい・・・。(^^; 早く本に(ちゃんと縦書きの本で)ならへんかな〜,と思ったり。
とにかく,素晴らしい,の一言です。七夕の夜,千夜千冊に乾杯。
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April 21, 2004 | 色は匂へど
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ちょっと前におだあさんの掲示板でTBirdさんが紹介されてたページ,ぽた郎的にはいたく気に入りました。備忘録的にこちらでもご紹介。
■色ものがたり, Le moineau すずめのお宿 http://moineau.fc2web.com/
和の色を見てると不思議と心が和みますね。それがたとえRGBの符号に分解されようとも。それは我々のDNAにインプットされている感情でしょうか。ニュートンは科学的には正しいけれども,我々はラララ科学の子だけれど,やっぱりそれだけではないのだよ。ゲーテさん,あなたも正しかった。少なくとも200年後の世界では。というわけで,ついでにハナシが飛ぶが,「色彩論」。私も心情的にはゲーテの方に軍配。
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March 26, 2004 | 「死刑執行人サンソン」
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ぽた郎の職場の書棚には,文庫本や新書本が何冊か無造作に放りこまれてある。職場でお昼や夜食を食べにひとりで外の店に入ったりするときに持って行くためだ。カモフラージュしている,といわけではないが,本にはそれぞれ同じ書店のカバーがかられており,どれがどれだか見分けがつかない。食事に出る際にあわててそのうちの一つをランダムに手にとり,ポケットに忍ばせる,というのがいつものパターン。たいていは食事が出てくるまでの極めて短い時間の読書なので,なかなか読み進まない。昨日あれを取っては,今日これを読む。あれ?この前はどこまで読んだっけ?という感じで,どれもちょっとづつつまみ食い状態。本を選ぶのも近くの本屋で瞬間的に衝動的に買うものばかり。ジャンルも傾向もまったくバラバラ。ま,しかしそれはそれで手持ちぶたさの掌を慰めるには充分なのかもしれない。で,本日,手に取った本はこれ。
■安達正勝:「死刑執行人サンソン」,集英社新書 (2003)
副題に「国王ルイ16世を処刑した男」とある通り,フランス革命史の裏面史である。フランス革命に関する著作は学生時代から結構あれこれ読んできたが(きっかけはご多分に漏れず「ベルサイユのバラ」です。ハイ。(^^; ),この本の白眉は旧体制でも革命派でもなく,支配階級でも非支配階級でもない特殊な職業からの視点に立ってフランス革命を読み直していることにある。「死刑執行人」という特殊な(かつアンダーグラウンドな)立場だからこそ,怒濤の革命期のパースペクティヴを怜悧に超然と描くことに成功していると言えるだろう。その点ではシャルル=アンリ・サンソンの自伝自身の教養の高さと先進的な思想に追うところが大きい。しかし,ベースはサンソンの自伝に則りながら,著者自身もさまざまな裏面史的なエピソードを盛り込み,かつ軽快な文章でぐいぐいと読ませる。非常にスリリングで含蓄の深い読み物だった。
と,非常に好感の持てる読み物であるが,ひとつだけ問題点が。著者の筆が非常に絶妙でぐいぐいと読ませるのだるが,その熱意を反映してか,描写が異様にリアルなのだ。如何にそれまで残酷な処刑が行われていたか・・・(リアルな描写),如何にギロチンというものが医学的人道的な見地から開発されたか・・・(リアルな描写),人道的考案にも関わらず,如何にギロチンというものが大量処刑の道具と成り果てたか・・・(リアルな描写),と延々と続くのだ。うーん,これは食事前に読む本ではないよな〜・・・と思いながら途中で断念し,本をパタンと閉じると,真っ赤なトマトソースのパスタが,目の前にコトリと置かれた。
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March 21, 2004 | 書評の目,日記の目
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今週もなかなかやってくれました。朝日新聞の日曜日の書評欄。高橋源一郎はやっぱりうまいよね。
■高橋源一郎:星野智幸著「ロンリー・ハーツ・キラー」への書評,朝日新聞2004年3月21日(日)書評欄
小説を読んでいて「これは面白いな」と感じると,「書評してみたいな」と思いはじめる。でも,そういう時にはをつけなくちゃならない。途中から「書評をする」頭で読むようになりがちで,簡単にいうと,作品の「奥」に隠される「本質」を暴き出そうとしながら読んでしまうのだ。それはね,読書中には,ほんとはやっちゃいけないことなんだよ。これはヤラれました。イタいとこを突かれた。ホンマにタカハシ大先生は,まるで冗談のようなフツー言葉でズバリ正論を吐かれる。脱帽。
この警句は我々アマチュアにもバッチリあてはまります。「書評をする」とか「本質を暴き出そう」とかそんな大それたことは意図せずとも,「日記を書く」目で物事を見るようになりがちになってしまうというのは,確かに見透かされてます。事実,ワタクシ,昨日の円山応挙展では,日記の文章を考えながら応挙の画を見てました。いかんいかん。これはあざとい。素直な眼で画をみなきゃ。感想を考えるのなんて,あとでもいいのに。反省至極。
そろそろ日記と言う麻薬が利き過ぎてきたかな。日記に支配されないように日記を書く。難しいですね。それは「日記」を「言葉」と置き換えても同じこと。
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March 18, 2004 | マルクス大帝,失踪す。
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先日,ぽた子さんとの会話のなかで,ふと,話題にのぼり,そういえば・・・,ということで,それを求めて,書庫に降りていった。が,
・・・ない。
ないのだ。マルクス・アウレリウスの「自省録」が。ぽた郎が高校生の時に買った,もうボロボロになりかけてる青帯の岩波文庫が。
こうなると,もう大変。夜中の2時に家捜しを始める。誰かに貸したんだっけ? 去年の引っ越しのときに別の棚にまぎれたのでは? とブツブツひとりごちながら家中を捜索するも,ついに発見できず。これでは夜も寝られーん。と悶々と床につく(ま,すぐに寝ちゃったけど)。
本を所有する,ということはどういうことか。こういうときによくわかる。ぽた家の書庫は,運良く(運悪く?)ぽた郎もぽた子さんもお互いそれにブレーキをかけないので増殖する一方であるが,二人も特に「私有」にこだわっているわけではない。手軽にアクセスでるのであれば,図書館でもよいのだ。人から借りるのでもよい。二人ともこの世からいなくなったら,この本の集合体は散逸するであろう。それはそれでよい。では,なぜ本を買うのか? ・・・それは,夜中の2時にトツゼン読みたい!と思ったときに,スグに手に取る位置において置くためなのだ。思い立ったらもう止められない。特に本に関しては。これはもう欲求というより欲望,欲望と言うより煩悩に近いでしょう。自分でもそう認識してます。ハイ。ストイックなマルクス・アウレリウス皇帝が聞いたらなんと嘆くだろうか。
で,仕方がないから岩波文庫,買い直しました。出張先の東京で。問題の,夜も寝られず気になったフレーズはこれ。
■マルクス・アウレリーウス(神谷美恵子訳):「自省録」,岩波文庫 (1956).
魅惑的な歌,舞踊,角力(パンクラティウム)等というものも,ひとたびこれを分解して見れば,君はきっと大したものに思わなくなるであろう。たとえばもし君が美しい声の旋律を各音に分析し,その一つ一つについて,「こんなものにお前は心を奪われているのか」と自分に尋ねて見れば,そうだというのは気がひけるだろう。舞踏についても一つ一つの動作または姿勢にたいして同様なことをやり,また角力についてもやって見れば,以上と同じことがいえよう。要するに,徳と徳のもたらすものとを除いては,物事をその構成部分に解体して根底まで見きわめ,かように分解することによって,これを軽視するに至るべきことを忘れてはならない。同じ方法を人生全体に応用せよ。(第11章2節)
ああ,ようやく見つかった。20年も記憶の中で反芻すると,意味は同じでも表現がまったく違ったものになっちゃってるのに驚く。もちろん,軟弱煩悩主義!(笑)のぽた郎としては,これを批判的に読んでいるんですが。それはそれで,また後日書くことにしよう。
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March 07, 2004 | 赤川次郎は朝日新聞の社説
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■赤川次郎:「人形は口ほどにものを言い」,小学館
文楽好きのぽた子さんが買ってきた本。ぱらぱらとつまみ読みをする。本の内容に関しては「ぽた子日記」に譲るとして,ちょい雑感を。
これまで赤川次郎って単なる子供向けの流行作家だと妙な偏見を持ってましたが(すみません),文楽や歌舞伎,オペラなどにも造詣が深く,決して嫌味ではない薀蓄も楽しい好感の持てる本でした。本人が評論自体で食っていってるわけでないのが功を奏してか,関係者に遠慮なくズバズバものを言うストレートな表現も非常に気に入りました。
が,しかし。
やはり,私は赤川次郎が苦手です。どこが苦手かって,・・・その文体が。良い悪いではなく,好き嫌いの次元かもしれませんが。どーしても不快なんです。すみません。これってどこかで味わった不快感・・・,とよくよく考えたら,あ,そうか,朝日新聞の社説と同じだ。ということに気がつきました。
ほぼワンセンテンスごとに改行をするブツ切れの文章,リズム感がない