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May 27, 2006 | 古本,掘り出し物二点。
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久々に「天牛書店」に行きました。比較的家の近所なのに最近あんまし行けてません。自転車じゃないとちょっとシンドイ距離なのと,行ったら行ったでバカスカ買っちゃうので迂闊に足を踏み入れるのがヤバイというのとで,まあ仕方ないということでしょうか(笑)。今日はなんか呼ぶものがったのか,フラリと立ち寄って店内をそぞろ歩きフト足を止めると,目があっちゃっとのです。「Buy me.」と本が呼んでる(笑)。ヤバイ,目が合ってしまった・・・,ここで会ったが百年目。入荷したばかりの整理中で値札がなかったので,店員さんに恐る恐る値段を訊いてみる。ヤバイ,買えちゃう値段だ・・・。
木下杢太郎:「百花譜 百選」,岩波書店,1990(第2刷). (B4判変型・函入豪華版,定価24,800円) 外函に若干の難があるせいか(とはいえ鋭利な傷ではなく,上の本の重みでできた軽い凹み),発売当時の定価より大夫安く買わせていただきました。帰ってネットで調べてみると,岩波のHPでは「重版予定なし」とのこと。これはラッキーな買い物。中味は完全美本。状態もよいし,なにより色合いが美しい〜。ちなみにこれは正確には「本」でなく,100葉のスケッチの複製版です。これがまたよい。実はぽた郎は植物画好き。古今東西の植物画(本草図とかボタニカルアートとか)を集めるのはもはやライフワークですな。これも深き沼です。ハイ。
竹田聴州:「近世村落の社寺と神仏習合 丹波山国郡」,法蔵館,昭47(第1刷).(A4版・函入り,定価4,800円) こちらは定価よりうんと高く値が付いてました(しかも偶然にも上の「百科譜」と同じ値段)。まあしゃーない。最近のマイブームは「神仏習合」なんで,資料が欲しかったところ。帰ってネットで調べてみたら,国書刊行会から全集版の一部として復刻版が出てるらしいですが,これがベラボーに高い。他の古書店でも今回買った値段の2倍以上の値がつけられてたり,ということで,ちと高かったけど,やっぱり適正価格かも。さすが天牛さん。
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May 23, 2006 | 博物館惑星,理想への漸近線
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SF小説はあまり得意な方ではないのです。あんまし好んで読む方ではないな。著名作家の著名作品を「教養」的に読む,という点では,私の中ではクラークもジョイスもアシモフもトルストイも全く同列なのです,すみません・・・(と誰に対して謝ってるんだか)。というわけで,あまりSFに愛がない私が「このSFはすごい!」と嬉々として声を大にしてもあまり説得力を持つわけではないというのは自分自身でも重々わかってますが,それでも言いたい。言わせてもらいます。管浩江の「博物館惑星」は凄い!・・・と。
何をいまさら・・・。この作品は既に2000年に星雲賞や日本推理作家協会賞などの数々の賞に輝いた(殆ど総なめにしたと言ってもよいくらい)当時相当に注目された日本のSF史上最も記憶に留められるべき秀逸な作品のうちの一つ・・・だそーです。どうもそうらしい,と正直に伝聞で書くくらい,ホンマにSFに疎いワタクシ。しかもこの本を手に取ったキッカケというのもぽた子さんがたまたま何の気なしに買ってきてそのへんに放置してあった本を文字通りたまたま手に取ったに過ぎない・・・というなんともトホホな経緯。ほんまSFファンの方スンマセン・・・。
しかし,読み手のポテンシャルの低さにもかかわらず,この作品は素晴らしい。世界観が美しい。控え目に泰然と,しかし憂いと苦悩も静かに甘受する,静謐で老成した世界。コンピュータに「直接接続」された特権者がこの世界で何を企てるのか? ギブソンや史郎正宗だったら,悪の組織の工作員や政府の特別捜査員といったところ。それはそれで,波瀾万丈血湧き肉躍る,清く正しいSF世界だろう(嗚呼,確かに。もはやサイバーパンクすらも「清く正しい」世界になってしまった)。そのような「血湧き肉躍る」強力な武器をひっさげて,管浩江的未来世界は何を企むか・・・というと,それが「博物館」。そう,博物館(美術館や植物園,動物園まである・・・まさに「博物館法」に則った正しい博物館)なのです。この発想,素晴らしすぎ・・・。誰がこんな発想しますか?フツー。そんなすばらしい能力持っちゃったら,フツー世界制覇の野望とか,悪に対する使命的正義感とかちゃうの? ところがこの世界の住人たちは,そんなごたいそうな動物的欲望には殆ど無縁で,ひたすら「美」と「人類の叡智」に奉仕するわけです。まさに植物的達観。事実,この世界では脳外科手術を受けネットワークに「直接接続」された異能の博物館学芸員たちが,ラグランジュ・ポイントの人工小惑星に建造された人類の理想郷とも言える壮大な博物館を舞台に活躍する。いや,「活躍する」・・・と言っても,ここが管ワールドのもう一つの魅力。これら異能の直接接続者たちは,その人類最高峰の技術と知識を手に入れながらも,日々,救いがたく官僚的な上司の愚痴を言い,解決不能な縦割り行政を恨み,殺人的な仕事量に忙殺され,己の無能さと理想との乖離に悩む・・・。とまあ,なんとも今日的でありがちな,身近で退屈な日常が淡々と続くのだ。なんという愚かで矮小な愛すべき人間たち! そして凡庸な日常の中に起こるたいしたことがない些細な事件・・・。これってホンマにSFかいな?
管浩江の世界観は,実は絶妙なバランスで成り立っている。テクノロジーに裏打ちされた近未来,人類の理想である美の砦,そして人間臭い繊細な心理描写・・・。それらどれか一つのファクターだけでも物語としては十分成り立つことは,管の精緻な筆運びからすれば一目瞭然。それはそれで独立した物語として成功させることも可能だろう。しかし,管は敢えてギミックなSF大作に盛り上げもせず,蘊蓄くさい美術談義にも陥らず,下世話な人情話にも惰せず,絶妙な成分配合で豊穣な世界を作り上げる。・・・理想的な世界? いやいや,主人公が盛んに愚痴をこぼすように,これはまだまだ理想の境地ではないだろう。幸福な「博物館惑星」を以てしても本当の人類の「理想」には到達し得ない。愛すべき登場人物達はみなそれを達観しているのかもしれない。しかし,一歩一歩理想に近づきつつあるこの世界に生きる彼らは凛々しく美しい。一歩一歩近づき,そのたびに遠ざかる理想。漸近線とは無限の彼方でも決してそれに到達し得ない哀しき目標なのだ。だからこそ,それでも理想に近づこうとする行為は崇高的なまでに美しい。それを具現する世界を構築する,美しく巧妙に設計されたこの装置,それこそが「博物館惑星」なのだ。その理想まであともう一歩,という美しい世界,それは理想的なまでに美しい。こんなSFがあったなんて。