August 15, 2006 | 大奥,という名の華麗なる倒錯世界
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以前から各所で絶賛の声が漏れ聞こえていたよしながふみの『大奥』(第1巻),ようやく読んでみました。これまで逡巡していたのは,『西洋骨董洋菓子店』がぽた郎的にはちーともおもろいと思わなかった(ただし立ち読み飛ばし読み)のと,氏がかなりコアなBL系作家として鳴らしていたのでちょっと近寄りがたかった(これは多分にぽた郎の偏見)のと,「男女逆転」という陳腐なコピーが先行して勝手にその世界を想像しちゃって少々興ざめだったのと・・・,というしょーもない食わず嫌いのせいです,ごめんなさい,ハイ。やはり一読せねば作品の価値はわかりませんね。結論から言うと,こいつぁすげーぜ。なんでもっと早う読まなかったんや〜っ!と大後悔するほどの傑作です。
■よしながふみ:「大奥」第1巻,白泉社(ジェッツコミックス), 2005 (画像も同1巻より引用)
さても,大奥。この作品の真骨頂はやはり確かに「男女逆転」だが,単に男が女装して女が男装して・・・,の安易なトランスベスタイドではないところが巧妙。時は江戸中期,とある伝染病により男性死亡率が急増,男女人口比は1:4で推移する。このあたりがSF的設定で荒唐無稽ではあるが無理のない伏線となっていると言えよう。男女の社会的役割はほぼ完全に逆転しているが,服装や仕草などの文化的属性は現実世界そのまま。大奥内の男同士の確執はまさにBL系,その倒錯ぶりをいかんなく発揮している(それとて従来のよしなが作品に比べればうんとソフトなのだそーだ)。しかし一方,いわゆる「男らしい」気っ風のいい貧乏旗本の倅・水野祐之進といわゆる「女らしい」おきゃんな豪商の一人娘・お信の偲ぶ恋と大岡裁き大団円,などという歌舞伎や時代劇にありがちの伝統的・典型的な人情ものも「男女逆転」の世界にありながらちゃんと巧妙に織り込んでいるのが作者の力量の見せ所。うまい。
時に八代将軍吉宗公の天下。吉宗といえば,暴れん坊将軍の松平健やNHK大河ドラマの西田敏行が脳裏から離れない人も多いかとは思うが(まあ少女マンガの読者層にはあんまし関係ないかな・・・?),よしなが版吉宗はきりりと痩身の,決して美女とは言えないが意志的で剛胆なキャリアウーマン風の女性として描かれている。豪放磊落で質素倹約(吝嗇?)なのは史実そのままに,従来のメディアでインプリンティングされた巨漢のイメージを軽やかにいなしながら払拭することに成功していると言える(画像左参照。ちなみに最後のコマの冷や汗顔の花魁風女性は間部詮房で実在の人物)。これがまた,吉宗がカッコいいのよ〜。惚れた〜。権謀術数あり義理人情あり,女も男も惚れてしまうであろう豪快さ,天晴れ。同様に,腹心の加納久通(実在の人物)も普段はひとの良いおっとりとしたぽっちゃり型のおねいさんとして描かれるが,こと政治的駆け引きとなると,きりりと目が据わって老獪な政治家に豹変する(画像右参照,ちなみに男性は大奥総取締大年寄藤波某,これは実在の人物ではないが,史実では大奥で権力を奮った月光院に相当すると思われ)。惚れた〜。総じて,『大奥』に登場する女性達はみなひとくせもふたくせもあり,人間として魅力的な人物として描かれている。それに対し,男性は準主人公役の水野を除き,どいつもこいつも軽薄で浅はかで小狡くて情けない。これもよしながワールドの重要な世界観だろうか。
畢竟,このマンガは,すべからく男性が客体(=モノ・対象物)として描かれているのだ。上様の総触れ(大奥への登殿儀式)のシーンなぞ,水も滴るいい男の大群が一人の女に平伏する光景は圧巻である。よしながはもしかしたらこれを描きたいがためにこの世界を作り出したのではないか(笑)・・・と思わず勘ぐってしまう。それほどまでに倒錯した美しい世界。それがよしなが版大奥にほかならない。同時に,よしながは単に美男をセクシャルな対象物として愛でるだけでなく,その裏側にある差別や搾取に光を与えるのも忘れてはいない。例えば,作者は大奥の御三の間・杉下(もちろん男性)に次のように語らせている。
拙者の実家は三十俵三人扶持の御家人だった。御家人の中でも最低の禄高よ。しかも拙者の家はおぬしの家とは違って,金のために毎晩せがれを客に取らせるような親だった。十四の時から毎晩だ。最中の焼けた火箸を押しつけてくるようなものや病気持ちの女もいて・・・。十八で婿に行った時にはやっとこの地獄から抜け出せるのだと思って本当にうれしかった・・・。ところが婿に行った先で何年も子供が生まれなくてな,結局拙者に種が無いのだということになって離縁されたのだ。最後には食事もろくに与えられなかった。 (句読点はぽた郎が補筆)このように現代のジェンダー論における女性搾取の訴えをそのまま逆転して描くことにより,この世界(そして実世界)の差別のありようを残酷なまでに如実にえぐり出しているとも解釈できる。その点で,現実世界の男性優位女性下位・男性支配女性搾取的の構図を単純明快に逆転させた設定は,女性読者にとっても男性読者にとっても奇妙な親近感と違和感を同時に与えてくれるジェンダー論的教科書として良いお手本だと見なすことも可能である(事実,この作品は2005年にセンス・オブ・ジェンダー賞特別賞受賞を受賞している)。「男女逆転」が単に美男を侍らすがためだけの装置ではないところが,この作品の懐の広さであり,幅広い人気の秘訣かも知れない。
更に一歩進めて分析すると,単なる「男女逆転」のギミックな世界観だけに終始しないのがこの作家の深謀遠慮なところ。野暮を承知で第1巻のエピソードを雑駁に分類すると,大凡以下のようになるかと思われる。
第1巻
├祐之進とお信の恋 ・・・ 従来型男女の恋(時代劇・人情もの)
├大奥の日常
│ ├小姓の視点 ・・・ BL系?美男ワールド
│ └杉下の視点 ・・・ 男性版おしん?
└吉宗と久通の政治劇 ・・・ 時代小説風
これをみて明らかなように,美男が支配者たる女性に平伏する倒錯大奥ワールドはエピソード構成の一部に過ぎず(もちろんこれがこの作品の最も重要な要素には違いないが),人情ものや史実を交えた政治劇(側用人廃止や一日二食一汁三菜の倹約令,大奥女中50人解雇など)など,時代考証もきちんと踏んだ上での歴史物としての読み応えも十分あり,歴史マンガとして十二分に成功していると言える(更にちなみにぽた子さん曰く,この和服の豪華絢爛オンパレードは10代20代のひよっこマンガ家じゃあ描けないよねー。とのことでした)。このような定石の上に立つなればこそ,「男女逆転」という一見笑止千万な設定が,単なるパラレルワールドではなく史実や我々の現実世界と少しずつゆるやかにリンクする巧妙なダブルバインドを構成し,荒唐無稽ながらも強烈な説得力を以て様々な層の読者に受容される所以ではないだろうか。第1巻終盤からは,吉宗自らがこの男女逆転の江戸社会に疑問を持ち,史書を紐解く・・・という感じで物語は擬史小説の体裁を帯びてくる。うーん,このマンガ,しばらく目が離せそうにない。
さても次なる悩みは,他のよしなが作品を読むや読まざるや。うーん,怖いもの見たさもあるが幻滅するのも必定との噂もアリ・・・。どなたかお詳しい方,カムアウトもとい,御指南下さーい(笑)。