June 08, 2006 | 神仏習合(其之一):権力ヨリ強要サレタル信仰ニツイテ
統計上では,日本の宗教人口は二億人を越えると言われている。なんと人口の二倍。つまり,日本に住んでいる多くの人は,神様も仏様も両方拝んでいる。それでなんら不思議に思ってない。こんな奇っ怪な国(あるいは文化)は他にはそうそうない。そんないい加減でテキトーでほほえましい日本が,私は大好きだ。
「神仏習合」とは,一般には明治初年の神仏分離令以前の中世の宗教形態を指すが,そもそも「習合していた」という表現はいったん強制的に「分離された」後の状態である現代の我々から見た形態であって,当時の当事者(民衆,僧侶,神職)たちの多くは,「習合している」ことすら無自覚であったであろう。現代でもそんな無自覚で無意識的な,そして知らずのうちに権力の暴力的な手からするりと軽やかにすり抜ける,慎ましくも逞しい民衆の息づかいが,確実に残っている。そんな路地裏の小さな日本が,私は大好きだ。
■安丸 良夫:神々の明治維新—神仏分離と廃仏毀釈, 岩波新書 (1979).
・・・神社改めは,明治三年ごろから各地でおこなわれるようになったらしい。氏神と村との結びつきは,村の成立そのものに由来する長い伝統をもっていたが,それまで,氏神は一村に一社とはかぎらなかったし,氏神の神体が仏像であるばあいや,氏神というより氏寺といったほうがふさわしいものも少なくなかった。さらに村の氏神(産土<うぶすな>社)のほかに,各家や同族団に氏の神があるばあいもあり,それ以外にも多くの小祠もみられた。引用長文にて恐縮至極。しかし,現在我々が「日本の古き良き伝統」と呼んでいる神道および神社が,明治黎明期に相当な強権と混乱を以て「人工的に」巧妙に歴史を塗り替えた,ということに自覚的な日本人は少ない。もちろん,明治以前にも神道なるものは存在したが,(実はここが重要な点であるが)それまで平安・鎌倉時代から連綿と続いていた「伝統的な」神道(例えば吉田神道,両部神道,山王神道など)は明治初期に完全に断絶してしまい,江戸末期に突如として興った「新興宗教的な」神道(本居宣長,平田篤胤を源とする国学→国家神道)に完全に駆逐された,という事実を知っている日本人も非常に少ない。
こうした多様な神仏関係から,国家によって神社祭祀が体系化されたとき,村の氏神(産土社)だけが選びだされ,しかも,氏寺や仏像を排して,一村一社の神道式の氏神の成立が目標とされたのである。(中略)こうして,村々に祀られていた多様な神仏のなかから,産土神だけが浮上してきて他を抑え,いま私たちが村や町で見るような氏神が成立した。私たちが神社の様式としてごく自然に思いうかべてしまう鳥居,社殿,神体(鏡)や礼拝の様式なども,その大部分は,こうした国家の政策を背景として成立したものであった。
・・・(中略)・・・
廃藩置県によって集権国家樹立の基礎を固めた明治政府は,四年以降,近代国家体制樹立のためのさまざまの政策を推進した。伊勢神宮と皇居の神殿を頂点とするあらたな祭祀体系は,一見すれば政教一致という古代的風貌をもっているが,そのじつ,あらたに樹立されるべき近代国家体制の担い手を求めて国民の内面性を国家がからめとり,国家が制定する規範と秩序にむけて人々の内発性を調達しようとする壮大な企図の一部だった。そして,それは,復古という幻想を伴っていたとはいえ,民衆の精神生活の実態からみれば,なんらの復古でも伝統的なものでもなく,民衆の精神生活への尊大な無理解の上に強行された,新たな宗教体系の強制であった。 (下線部はぽた郎による)
某国の某総理大臣が某神社に私人だか公人だかよくわからない状態で参拝を強行し,やれ愛国心だの古き良き伝統だのを喧伝している。ま,それぞれ信念なり戦略なりはおありだろうから,ここでは政治的観点からはとやかく言わないが,上記の明治期の宗教史上あと戻りできない大きな断絶の文脈の上でその行為を俯瞰すると,甚だ胡散臭くかつ滑稽な行為としてしか捉えることができない。どうやらこの国では,総理大臣や官房長官が参拝するピカピカの神社にお参りしないと国を愛すことにはならないそうだ。しかし,それより,路地裏や辻にひっそりと佇む神や仏(あるいはそれすらも判じ得ない名も無きもの)に,私は愛着を感じぜずにおれない。それではこの国や文化を愛することにはならないのだろうか?
(神仏習合の深い森は,広大かつ豊穣で,興味が尽きない。これからしばらく,シリーズで続けようかと思います。)
補遺:権力カラ遁レタル信仰ニツイテ
冒頭の写真は,ぽた家のご近所の垂水神社(大阪府吹田市)の末社,「不動社」。ぽた家のポタリングコースですが,改めて「神仏習合」探検隊の目で再訪すると,これは非常に興味深い。
まず,名前の「不動」からして,完璧に仏教系。不動明王です。モロ密教系じゃーん。それなのに不動「社」とはこれ如何に。(ちなみにお不動さんは滝とセットになっているケースが多く,この垂水神社でもご多聞に漏れず,小さいながらも霊験あらたかな滝があります。)お不動さんなのに鳥居(これは神道の様式)。そして線香と護摩!(これは完璧に仏教の習慣!)すげー組み合わせ。(@_@) こういうむちゃむちゃな組み合わせは,思わずゾクゾクしちゃいます。お堂の中を覗くと,榊と御神酒徳利と鏡のご神体。恐らく,明治以前には立派な不動明王の仏像があったことでしょう・・・。その仏像は焼かれて竈の焚きつけにされちゃったのか,あるいは,どこかの蔵や博物館で大事に眠っているのか・・・,気になります。
ちなみに,垂水神社は郷社です。官弊社ではありませんが,本編引用文の通り,明治初期にかなりの権力が介入した可能性あり。そんな権力介入にも負けず,村の人々は知ってか知らずか,お不動さんに篤くお参りを続けます。そういう,草の根の,しぶとくずぶとく猥雑で純粋な信仰というものが,私は大好きです。それこそが,この国の精神的文化を形づくっている礎ではないかと思うのですが・・・。
いやー,ほんまにご近所にこーんなおもろい「物件」があったなんて・・・。みなさまも,ゼヒ,ご近所で神仏習合の痕跡を探して見て下さい。神社だったら権現さんや牛頭天王,お寺だったらお稲荷さんや大黒様(大国主命)など。まったく,この国は奥が深いヨ。
お邪魔いたします。
そのお不動さんの滝、名水と呼ばれた時代があった記憶していますが、今も涸れずに湧水しているのでしょうか。
頑迷にして浅薄な私ですが、ぜひいつか機会がありましたら神仏遺習温習行などにお伴させてください。
う〜もと吹田市千里山西の住人だったのに、場所がよーわからん?
ずいーーーーと前にぽた家と千里を徘徊したおり
服部緑地公園近くの昼なお暗き小さな薮蚊がぶんぶん神社を訪問した時
あまりの変わり様に愕然とした私です。
江坂方面に向かう段丘上の神社やったんかな。。。記憶が定かでないです。
まだ、路地に覚醒する前な私でした。
こんちわ はじめまして まだまだと申します
垂水神社 先日行ってきました
万葉集にも読まれていたぐらいの
泉が湧いていたんだそうですね
「垂水の上の さわらびの・・・」
浪速区の「大国神社」やったと・・
ここも 神仏習合がまだ 残ってますよ・・・
>Kamonegiさん
滝は時々断水したり(笑),復活したりしてるような気がします。丸山の上もすっかり住宅地になっちゃってますが。吹田界隈ポタも企画しましょうか〜。
>浮おじさん
そーいえば,もと千里住民やったんですね。垂水神社は江坂と豊津のほぼ中間です。歩くには遠いけど自転車ポタには最適。ここは社殿のほうは明るくてピカピカですが,滝や不動社その他諸々の末社の方は昼間でもちょっと薄暗くて湿っぽくて,ご近所の人々のライブな信仰があって,ゼッタイなんか「居てはる」感じです。私は霊感ないけど,たぶん浮どんなら・・・。
>まだまださん
ようこそお越しを・・・。はじめまして,というより,各所で書き込みを拝見しておりました。まだまださんの造詣の深さにはいつも感服しておりまする・・・。「大国神社」これまでも何回かは行きましたが,その時は単なるポタの途中で頭が神仏習合モードにはなってませんでしたので,ゼヒもう一度行ってみたいと思います。大国主=大黒さんは妖しいぜよ・・・。是非そのうち浮どん主宰神社ポタなどでお目にかかりましょう〜。
私が某自転車屋に行く際によく通リ過ぎるところに、長弓寺という神仏習合なお寺があります。近くに奈良北部屈指のケーキ屋さんカフェもありますので、ポタされるなら案内いたしますよ~♪
長弓寺 http://mytown.asahi.com/nara/news.php?k_id=30000140604110001
ぜひ ご一緒 したいと・・ 私なんぞは 浅い知識を振り回す あぶない軽薄人間ですが よろしくお願いいたします Qyouさん 山之辺の道にある お寺ですかな・・ この地域は 神様のたくさん いてはりますよね ここから 葛城にいたる辺り 不思議な地域ですね・・
まだまださんこんにちは。長弓寺は山之辺の道よりもずっと北に位置します。近鉄の富雄駅から富雄川沿いを北に向かって走ると、やがて右側にでてきます。
山之辺の道周辺、確かに面白いです。
>Qyouさん
さすがQyouさん,このテのものにめっちゃ詳しい〜。
長弓寺,ほほぅ〜,すげーおもろそう〜。国宝ですかー。なぬ?鳥居っ?!牛頭天王っ?!・・・ハァハァ・・・もうたまらんー(笑)。
是非行きましょう。神社ポタの候補地,ザクザク増えるなぁ〜。(笑)
Qyouさん 有難うございました 山之辺の道にあるのは 長岳寺でしたわ・・機会があれば 訪ねたいと思います
牛頭天王で思い出しましたが 先日浮さんと訪れた神社
祭神がスサノオの命ばかりなんですわ なにゆえ伊丹に
こんなに 八坂系神社が多いか 不思議ですわ!
>まだまださん
なるほどー。八坂系ということは,かつて祇園信仰と深い関連があったということでしょうか・・・? と,気になってググってみたら,こーんな本を発見。
http://books.yahoo.co.jp/book_detail/30966817
うーむ。高い・・・。しかし欲しい・・・。古本屋で安く落ちてないかなぁ〜。(笑)
神社とか 古文書とか 一般的でない本は高いですよね
私はもっぱら 図書館利用してます
私の近くには 住吉さんが多く 八坂さんは少ないですね でも 近くの鼻川神社はスサノオ尊祭ってあります 夏祭りには 蘇民将来の由来より 「茅の輪」が設けてあります
なるほど,茅の輪は祇園信仰と関係あったんですね・・・。フムフム。でも祇園社に限らず,最近どの神社でもやってるような気がするけど,それはそれでいいのかな? 流派とかはないのでしょうか? (笑)
................. by ぽた郎 (06/20 01:37)