January 22, 2006 | 市場とは誰のものか?
自分は株はやらないし,株のことを語るのもなんだかオヤヂ臭い(と思われそーな)んであまり好きじゃないのよ。しかし,なんでしょうかね,この昨今の狂乱は? 何かが狂ってないでしょーかね? テレビとかインターネットで百家争鳴の議論の中,誰もことの本質を捉えていないのは何ででしょうかね?(いや恐らく良心的な研究者などはそう言ってるんだと思いますが,残念ながらマスメディアにまでは声が届かないのかもしらんな・・・。)というわけで,マスメディア経由の発言ではなかなか掌を打つような発言が見あたらないので,我慢できずに自分で書いてみることにしました。経済の専門でもなんでもないシロート発言なんですが。やっぱりオヤヂの説教臭くなってしまいますが。
先日の日経新聞の社説(ああ,オヤヂ臭い!(笑))にこう書かれてありました。
・・・かつて株式市場の主役だった金融機関や事業会社は株価変動やその影響のクッションの役割を果たしていた。持ち合い解消で主役になった個人や外国人の投資行動は,上げ相場で買い,下げ相場で売る,順バリに傾きがちで,目先の材料に過剰反応する傾向が強く,影響は家計に直接及ぶ。純投資家主体の市場になったことで,株価形成は中長期的には投資価値を反映したものに近づいた半面(ママ),短期的には不安定性を増し実体経済への影響の表れ方も変わった。 日本経済新聞 2006年1月19日(木) 第2面 社説このへんが,とりあえず現時点で一番冷静で的を射た分析なんじゃないでしょうかね。そこからもう一歩踏み込んで発言して欲しかったですが,日経さんも社説じゃ責任重いしね・・・。
さて,最近では小学生などにも株の勉強をさせると聞きます。正しい株の知識を身につけるのであれば,それはそれで構わないでしょう。しかし,「正しい株」「正しい株式市場」とはいったい何でしょうかね? 教える大人も,教わる小学生も,日本全体が,いや地球全体が,みんなそのことを忘れてちゃってはいませんかね? 株式市場とは個人が儲けるための場ではないのですよ。市場とは社会全体を維持し育成するためのものでしょーが。「持てる人」は持てる資金を株として,ある会社に投資し,場合によっては経営に参画し,会社を養う・育てる,という義務と責任(とそれゆえのリスクと報酬)があるわけです。これは個人でも法人でも同じ。そうやって,社会全体に資本を血液のように循環させるのが,株という手段ではなかったんですかね?
本来,株ってもんはそれを保有し,その配当で利益を受けるもんでしょ。それが,最近ではインターネットという武器を手にしたこととも相まって,短期的な売買を繰り返し,その差益で利潤を稼ぐデイトレーダーみたいなのばっかりになっちゃったようですね。バブル期もそういう輩が多かったですが,今はそれがさらに社会全体に薄く広く散じているような気がします。彼らは,社会全体を見渡して,ある会社を育てようとか,ある産業を育成しようとか,そういう大義名分がないよね。愛がない。ほんまに自分さえ儲かりゃいい,ってカンジでなりふり構わない。それでいいんですか,みなさん? 一億,十億とカネを持ってる人は(それと,たとえ数万でも市場に投資してる人は),そのカネはもはやあなた個人だけのカネではないんですよ。社会責任のある公の(パブリックな)カネなんですよ。株はリセット可能なRPGのバーチャル通貨じゃないんですよ。株とは,モノもヒトも技術も頭脳も,そういった実体が伴う重〜いものを背負った証書なんですよ。そのこと,わかってるんでしょうかね?
いや,結果として儲けたりついでに儲けたりするのは構わないんですけどね。儲けがなければ投資が持続しないから。しかし,みんながみんな利己的に儲けに走ったら,社会は破綻しちゃいますよ(んで,今回のような状況になるわけです)。もちろん,私がこんな小言を言うのも,それが古典的資本主義観の大義名分に過ぎないということは十分わかってるんですがね。でも,大義名分さえ忘れ去られてしまうような,この昨今のタガが外れた傍若無人な拝金狂騒曲はいったい何なんでしょうかね? お金持ちになりたい,お金稼ぎたい,それもまあOK。でもキミたち,お金持ちになって,それからどうするの? その金をどう使うの? どう社会に還元するの? それをまず小学生に教えなさい。それから,社会やヒトに興味のないカネにしか興味のないデイトレーダーたちにも。そうでないと,日本が,地球が滅んじゃうよ。なんとかしてよ。
ほんまにもー,オヂさんは怒ってるんだから。この現状を引き起こしたヒトたちに。それからこの現状の本質を見ようとしないヒトたちに。問題の本質は,ホリエモンとか東証だけじゃないのよ。みんな,気が付いてよ。
と,この記事を書いてから一夜明け,新聞を広げると,こんなことが書いてありました。
・・・だが,一歩引いてみれば,ライブドア・ショックはネット企業の世代交代を促す契機になるかもしれない。日本のネット産業には「ポスト堀江(貴文ライブドア社長)」世代と呼ばれる一群の経営者がいる。このような調子で,日経の記事は「はてな」のおよび同社近藤社長を名指しで取り上げ,同社を好意的に紹介してました。おや,こんなところに「はてな」が。いやいや,ぽた郎もドップリ利用させて頂いておりますよ。なんか親近感〜(笑)。
年齢は三十歳前後で,2000年のネット株バブルの終えん前後に起業した。先輩たちに比べ,マネーゲームとは一線を画し,その分技術重視とグローバル思考が強いのが特徴だ。(中略)
マネーのうたげが終わり,厳しくなった投資家の目にかなった企業だけが生き残る。「ライブドア事件を機に,日本にも世界に通用するグーグルのような企業が登場する土壌ができてほしい」。ネット企業に詳しい金融関係者は期待する。(中略)
今回の事件を海外メディアは「日本が新興勢力をつぶした」と報じたが,よく見て欲しい。日本でも,はてなのような技術志向のベンチャーがはっきり育ちつつある。 日本経済新聞 2006年1月22日(日) 第1面「ライブドア/ショック」試練の資本市場ー3−」
日経の記事は全てをそのまま鵜呑みにすることはできませんが,やはり日本で最もオーソライズされた経済新聞。その新聞の一面でこのように技術志向をキイワードとした前向きな(やや楽観的ではあるが正論の)意見が出されることは評価に値するのではないでしょうかね〜。日本もまだ捨てたもんではない,と。私もそう思いたいです。
あー,最後の最後まで,オヤヂ臭い記事になっちまった。(笑)
先日テレビでアメリカの小学生に対するお金の教育を特集した番組があったのですが、大人になったと仮定して、収入の何%を何に使うかということを課題として行っていました。
それで、生活費とか、投資とか、貯金とかに分けられるのですが、項目の中に"donation"があって、割合は10%でした。つまり、年収500万円の人は年間50万円、1000万円の人は100万円を社会的活動に対して寄付することを教えることが社会的コンセンサスを得られているわけで、ある意味行き過ぎた資本主義のバランスを取る働きが多少なりともあるのかなと思いました。
Qyouさん,まいど。興味深い情報ありがとうございます。(さすが,Qyouさんの興味と知識の範囲は広いっ。)
「donation」はおそらくたぶんにピューリタリズム精神の流れでしょうね・・・。それ自体は非常にすばらしいと思います。日本でもセレブの間で「喜捨」が流行ればいいのに・・・(いや,マジで)。
しかしこのような慈善行為の一方で,自らの報酬を信じられないくらい吊り上げたり,福祉をギリギリまで削ったりするアメリカ型資本主義経済って・・・,やはり理解しがたいデス。(笑)