February 26, 2005 | ニューヨーカー日本へ帰る。成田美名子論

よく「京都のよさは30代にならないとわからない」とか言われますが,やっぱり日本文化のよさ,というのはオトナにならないと難しいでしょうかね? 日本文化(特に古典文化)の豊穣で複雑な世界は確かにそれを認識するのはある程度の訓練が必要なのかも知れませんし,あるいは単に学校や社会の教育のせいかもしれません。ま,ここではそういった政治的文化的要因の分析は置くとしましても,この国では(いや,どこの国でも?)若者の自国の古典文化に対しての軽視・無関心は避けられないのが現状のようです。

かく言うぽた郎も,子供の頃ピアノを習わせられてたというのもあってか,どっぷり「西洋かぶれ」な人生を送ってきました,今改めて思い起こせば・・・。「音楽」といえば当然クラシックもロックも含めて西洋音楽だったし,「絵」といえば当然西洋画だったし,「映画」を見に行くと言えば当然洋画だったし・・・,好んで読んだ「マンガ」の舞台も日本ではなくヨーロッパやアメリカの方が多かったような気がします。そう,ぽた郎は子供の頃,日本(の特に古いもの)があまり好きじゃありませんでした。いや,苦手でした,と言うべきかな。なにか得体の知れないぶよぶよじめじめと生ぬるい暗くて湿ったモノ・・・,そういう感じでした。少なくとも20代前半までは。こういう感覚って,ぽた郎に限らず,結構多くの人がそう思ってる(思ってた)んじゃないかな〜? どうでしょう?

さて,ここで成田美名子の登場です。成田美名子は言わずと知れた少女マンガの大家。もう巨匠の域に入りつつあつと言っていいかもしれません。テレビアニメにはなってないのでもしかしたら一般には知名度は低いかもしれませんが,マスコミに消費されないのが質の高さを維持する一端かもしれないですね。「エイリアン通り(ストリート)」「CIPHER(サイファ)」「ALEXANDRITE(アレクサンドライト)」と次々とヒット作を飛ばし,華やかで洒脱なアメリカンストーリーを書く漫画家・・・。作品群を敢えて辛口に短評すると,才色兼備の男女が己の弱点をさらに克服し成長する青春グラフィティー,特にアメリカが舞台なのがミソ,というところでしょうか。まさしく少女マンガとして大ヒットするための舞台装置を十二分に備えています。おそらくこういう評価だと思います,これまでは。その成田美名子がいま日本を書いてます。そう,ズバリ「お能」のマンガ。これはビックリ。最近どうしちゃったの〜? 成田サン,という感じです。(もちろん,いい意味で。)

■成田美名子:「花よりも花の如く」(1〜3巻),白泉社 花とゆめコミックス

伏線はありました。「エイリアン…」から「ALEXANDRITE」まで,80年代から90年代前半まで実に15年近くアメリカを舞台にしていた成田美名子が,前作「Natural」で遂に日本に帰ってきました(舞台を日本に移したということ)。舞台を日本に移したものの華やかな才色兼備たちのゴージャスストーリーは相変わらずやな〜,とも思ってたのですが,「Natural」はなんと,その後,「弓道マンガ」「神社マンガ」に進展しちゃったのです! もちろん「Natural」の段階では,弓道や神社は主人公およびサブキャラクターの成長に際しての付随的な舞台装置にしかすぎませんが,そのディテールは精緻を極め,若い読者の新たな興味を喚起しただろうことは想像に難くありません。

さて,今回の「花よりも花の如く」の登場人物は前作の「Natural」のそれをほぼ引き継いでいますので(その手法は成田美名子の作品群の特徴でもありますが),手法も装置も前作と一見同じように見えますが,実は全く違います。さらにパワーアップされています。「Natural」が主人公の成長に主眼が置かれ,装置は副次的なものであったのに対し,「花より…」はまさに装置=お能に主眼が置かれています。「Natural」の主人公は常に「バスケ」と「弓道」の間を揺れ動いていますが,「花より…」の主人公は「お能」なしには存在しえません。「Natural」ではあの主人公を描きたいために(作品の中で成長させたいために)あとから「バスケ」や「弓道」という装置を付与したという形ですが(もしかしたらそれが弓道でなく陸上とかロックバンドとかでも物語は十分に成立していたかもしれません),「花より…」はズバリ「お能」を描きたいためにあの主人公を登場させた,という色合いが濃厚です。そう,作者本人が巻末のエッセイマンガで述べている通り,彼女は今お能にどっぷりハマってます。そしてこの装置としての「お能」は,たとえばオペラだったりミュージカルだったりでは,作者の描きたい物語が成立しないのです。もしかしたら歌舞伎だったり文楽だったりしたら物語が成立したかも知れません(それでもなぜ歌舞伎や文楽でなくお能なのか?ですが,ここから先は作家の創造的天啓に委ねたいと思います)。いずれにせよ,日本回帰,それが現在の成田美名子のキーワードです。

考えてみればうまい手法です。例えば「ALEXANDRITE」の後,すぐさま「花よりも花の如く」の連載を開始したと仮定しましょう。恐らく読者はそのあまりのギャップに愕然とし,相当数のファンを無くすことになりかねません。たまたまお能が好きでかつマンガにも好意的な年代層がいたとしても,そういう新たな読者層を開拓できる確率はそう多くありません。とりあえず作者は,舞台を日本に移しながらも前作の青春グラフティーものを踏襲し続け,ストーリーが展開するうちに巧妙に「弓道」「神社」という日本的なものを織り交ぜて若い読者を啓蒙しなら,最後に一気に自分の世界=「能」に引きずり込む! ・・・実に鮮やな手口です。もちろん,作者本人がこういうことを数年前から用意周到に意図しながらやってきたわけではないというのは明白です。作者本人も作品を描くという行為を通じて成長(あるいは変遷)しているのでしょう。しかし,裏を返せば,それを無意識でできること自体が良い作家の条件とも捉えられます。NYからお能へ。作者本人が成長する過程を辿りながら,読者も自然と促されて日本へ回帰してくる・・・,そういう壮大な装置を,実に10年近くかけて成田美名子は作り上げてきたんだなぁ〜,としきりに感心する今日この頃です。この作品が世に広まり,多くの若い読者が日本の良さに(若い頃から)開眼されることを望みます。

なお,蛇足ですが,成田美名子は初期の作品で自分の生まれ故郷=青森を舞台にいくつか作品を描いています(「あいつ」「2年4組シリーズ」)。「Natural」や「花より…」ではしばしば青森を舞台に重要な話が展開し,青森が成田作品の回帰すべき「根っこ」であることが暗示されています。そして「花より…」の最近のの連載(「メロディ」誌)では,主人公たち能楽師一行はなんとNY講演を行っており,かつての成田作品の精神的故郷,NYにも回帰して行きます。過去を断ち切っての帰郷でなく,螺旋のように循環する永遠の運動としての「回帰」。やはり成田美名子の永遠のテーマは「成長」なんだな・・・,と深く思います。しばらくお能が続くでしょうが,そのあとはどーなるんでしょうか? やはり目が離せない作家です。

Category: 2. comic
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