February 06, 2005 | ミトラ君の大冒険,あるいはシンクレティズムとメタモルフォーゼ

少し前になるが,Qyouさんのブログのコメント欄で,ミトラ教の変遷についてにわかに盛り上がった。それ以来,ふつふつと思いを巡らしている。ユーラシア大陸の神々のメタモルフォーゼとシンクレティズムについては,学生時代にミルチア・エリアーデにハマって宗教学関係の本をだいぶあれこれ読みあさったものだ(と言っても系統立てて勉強したわけではないのであくまで乱読)。久々にぽた家書庫の宗教学関連書をひっくり返してみる。以下,備忘録的に抜粋。

■岡田明憲:「ゾロアスター教 神々への賛歌」,平河出版 (1982).

このヤシュト(ぽた郎註:ゾロアスター教の賛歌のうちのひとつ「ミフル・ヤシュト」のこと)の献ぜられるミスラは,ヴェーダ神話ではミトラの名をもってインド・イラン起源の重要なる神格であるばかりでなく,キリスト教以前のローマ帝国において国教的地位を占めたミトラ教の主神でもある。さらに矢吹慶輝博士以来,仏教の阿弥陀仏の起源に関係する事は我国でも何回か言われており,さらに最近では,この神を仏教の弥勒に関連づける見解が有力である。このように,宗教史の研究においては,このミスラの位置は非常に重要なものがある。
ヴェーダのミトラは,ヴァルナと共に双神としてアーディティア(光明)神群の主神である。そして本来の正確は天空神であった。ただヴァルナの夜天に対して,ミトラは昼天だったと考えられる。ザラスシュトラ(ぽた郎註:日本ではゾロアスターあるいはツァラトストラとも表記)自身は,ヴァルナをミトラより切り離してアフラ・マズダーとしてその主神に据えたのに対し,ミトラ=ミスラを無視している。これはガーサー(ぽた郎註:宗教改革者ゾロアスター自身の説教)を見れば明白である。そして,この双神たる位置より切り離されたるミスラは,次第に太陽神と同一視されて,民衆の間にこの神に対する信仰が盛んになっていった。

■岡田明憲:「ゾロアスター教の神秘思想」,講談社現代新書 (1988).
ユダヤ教の個々の天使が,ゾロアスター教の天的存在の中の特定の何と関係するのかということは,いまだ不明な点も多い。しかし,はっきりと,その関係を指摘できるものもある。その一例として,この世を主宰するユダヤ教の天使,メタトロンと,ゾロアスター教のミスラの関係について述べよう。メタトロンは天使たちの王とも称され,小ヤーウェとさえ言われる。すなわち,彼は神自身につぐ権力の所有者なのである。否,彼は,しばしば,神自身にも匹敵する存在と考えられた。メタトロンの住居は神の住居である第七天とされ,タルムードの賢者アヘルは,この天使を二番目の神としたゆえに異端者となる。
ゾロアスター教のミスラは,古くは,アフラ・マズダーと並ぶ神格であった。ゾロアスター自身は,ミスラ崇拝を拒否してアフラ・マズダーを唯一の最高神としたが,イランの一般民衆の間では,ミスラ信仰は盛んであった。そこでゾロアスター教は,イランの民衆宗教として確立する過程で,このミスラ信仰を自己の中に取り入れざるを得なかった。
(中略)
ミスラの正確には,メタトロンとの類似を見いだせる多くの点がある。ミスラの語義は「契約」であり,彼は契約の守護神とされる。メタトロンも契約の守護天使であり,神と大地が人間の貸与にあたって取り交わしたとされる契約書は,メタトロンの手になるものである。またメタトロンは背が高いことで有名だが,ミスラも,先述のヤシュトで「丈高き者」と称される。
メタトロンが夜警にたとえられるのは,ミスラが眠らずして常に人を監視するとするのに共通する。監視者としてのミスラに関係して,彼は「万の眼を持つ者」と言われる。ユダヤ教の伝説にも,エノクが天界に引き上げられて,無数の眼を備えたメタトロンになったとする説がある。さらに,メタトロンの顔は太陽のようであるとされるが,ミスラもしばしば太陽神と同一視されるのである。

■井本英一:「死と再生 ユーラシアの信仰と習俗」,人文書院 (1982)
イランのミトラ(ミスラ)は山岳の頂上で祭壇をもうけずに祭られ,マゴス僧(ぽた郎註:ヘロドトスの表記でゾロアスター教の僧侶のこと(だと思いますたぶん・・・))は(牛の)犠牲を屠り,神々の誕生を歌った。のちにそれは女神アナーヒターと合祀された(ヘロドトス『歴史』1・131-2)。ゾロアスター教の聖典『アヴェスタ』ヤシュト10章にも契約神ミスラが高山の山頂にいて善悪両面を持ち,両軍の戦場の中間にあって請われた方に味方するとある。またミスラは終末の戦闘に現れて善者に味方するが,また牛の主として広大な牧地の所有者とも呼ばれる。
この軍神的な正確がローマ兵に受け入れられ,かつては西はロンドンにまで伝播したミトラス教では,ミトラスは(山頂の)岩あるいは河岸のイチジク樹の下の岩の洞穴から松明を手にして暗闇を照らしながら生まれた。ミトラスは,牡牛を洞穴に引きずり込み殺害する。牛の血や四肢から有用植物や動物が生まれ,牛の精は動物の守護者になる。
(中略)
ミトラス教ではミトラスはイチジク樹下の岩から生まれるが,弥勒は竜華樹下でゾロアスター教の救済者サオシヤントと同じように三たび出現す樹,生命の水,境界石(洞穴)の表象が顕在的にも潜在的にも両者に見られるのである。一生補処の梵語エーカジャーティ・プラティバッダの意味は「(死のない)生のみにつながれた」であり,『法華経』などでは最終身と訳しているが,ゾロアスター教のメシア思想と同じ構造を持っていることは注目に値する(『旧約』のメシア思想はゾロアスター教の影響とする学説が一般的である)。
(中略)
『中阿含教』所収の「説本経」には,俗世と聖世の弥勒の二つの別がある。(中略)このように仏教ではかなり薄れてしまったとはいえ,弥勒に二面性があることがまだうかがえる。阿夷多(ぽた郎註:原文では「多」は「口へん」に「多」)や阿逸多は梵語アジタの写音で,無能勝と訳されているが,これはミトラス教の太陽・無能勝ミトラスと契合する。ちなみに,太陽はインド・イランにおいてもミトラの持つ属性の一つで,夜光燦然,暗闇を照らすなど別の形で表現されることがある。『当麻曼荼羅縁起』には曼荼羅の糸を染めた染井や役行者の植えた桜樹,また夜々光を放つ弥勒の形をした巨石が出てくる。

■宮田登:「ミロク信仰の研究 新訂版」,未来社 (1975).
仏教における弥勒の正確については,その研究の成果(ぽた郎註:高取正男,宇井伯寿らの研究)が以下のように語ってくれる。すなわち弥勒の語義はサンスクリットのマイトレーヤの音訳である。本来の原義は古いインドの伝統的な神格ミトラである。ミトラ神は『ヴェーダ』に現れるところでは,インド,イラン,さらにギリシャからエジプトにわたる地域に知られた一種のはやり神であって,契約とか約束の意味を示すものであるという。
こうした意味を持つ名,つまり弥勒という名の男が仏陀釈迦の弟子の一人にいて,彼はきわめて天才であったというが夭折した。釈迦の初期の教団内部で卓越した存在であった弥勒は,人々の間で永く記憶に留められ,やがて伝説化するに至った。かくして将来の仏陀として理想化された弥勒の説話がさまざまに説かれるようなったのである。
(中略)
八重山のミロク踊については,その伝来について次のような云い伝えがある。
寛政三年(1791),黒島首里の大浜用倫が上国の帰途逆風にあい,安南に漂着した。安南では当時豊年祭で弥勒仏が出ていたのを見て,弥勒面を乞うて帰途についたのだが,所用のため,随行の百姓新城筑登之に,自作の弥勒節を付してその面を託した。用倫は客死したが,筑登之は,歌と面と衣装を持ち帰った。これがそもそものはじめという。
芸能化したミロク踊りが整った時期に関してはおそらく右の伝承は歴史的事実に基づいているといってよいのかも知れない。そして布袋の弥勒面の伝来も,あるいはそうしたきっかけによるのかも知れない。しかし,ミロク踊が,近世中期に安南から伝播したが故に,これをまったくの外来要素とする理解の成立しがたいことは,今まで述べてきたことから明らかであろう。弥勒面といってそれが布袋のことであるのは,中世以来よく知られたことであった。『十訓抄』に,「布袋和尚は弥勒の所作なり」とする布袋は,中世末期,京の町衆の間で,福神の一つとしてもてはやらせていた。
(中略)
布袋に体現された弥勒は,巷間にあって,民衆と交わる,いわば日本の宗教社会における隠身の聖ごとき存在であったことが推察される。長汀子=布袋の伝説は,唐末の混乱期に顕在化した民衆の弥勒下生待望の一表現と見なされよう。

■J.B.ラッセル(野村美紀子訳):「悪魔 古代から原始キリスト教まで」, 教文館 (1984).
ローマ帝国にもっとも広く普及したのは,キリスト教を別にすればミトラ教だった。これはイランのマギ教(ぽた郎註:ここではゾロアスター教およびその派生宗教のことを指す)の教義と豊穣の思想とを組み合わせた宗教で,ミトラ教の中心となる神話によれば,世界の原理はアイオーン,無限の時間である(ズルヴァンと考えあわせよ)。アイオーンからオールマズドまたはユピテルという名の男性原理である天,スペンタアルマイティまたはユーノーという名の女性原理である大地,プルートンまたはハーデスとおなじとされた地下の霊アーリマン,が生まれる。(中略)戦いは永く続くが,アーリマンの威力がしだいに大きくなり,人類は次つぎにその支配下にはいって,ついにアーリマンがこの世の主にある。だが世界滅亡の直前に,原始の雄牛の再来である巨牛があらわれ,ミトラが降ってアーリマンとその軍勢を相手に最後の戦いを挑むであろう。死者は墓からたち現れ,ミトラがかれらを裁いて,善人と悪人を分けるであろう。オールマズドが悪人とアーリマンとデーモンどものうえへ焼き尽くす火を送るであろう。幸福と善との永遠の支配が続くであろう。キリスト教の終末論との類似に驚くばかりであり,アーリマンとユダヤ=キリスト教のサタンとの類似も同様である。ミトラ教とキリスト教はほぼ同時に出現したので,観念の相互影響が,少なくとも民間の水準ではあったものと考えてよかろう。両者の類似はおもに,オルペウス教とイランの思想を共通の二元論の背景とすることから生じた。
ミトラ教の祭儀の要素の中にも,のちに異教徒や魔女の概念に同化されていったものがある。ただしほとんどの豊穣の祭儀と異なり,ミトラの祭儀に参加するのは男性だけだった。信徒たちはたいまつをもって夜ひそかに,しばしば洞穴や地下室 --祭儀がひろまって経済的ゆとりができてからは,広いミトラ礼拝堂-- に集まり,聖なる食事をともにした。中心になる儀式は雄牛犠牲である。(中略)ミトラ教徒のあいだでもピュタゴラス学派の間でも,陶酔的な踊りや性的乱交は儀式に含まれていなかった。しかしこうした行為があるとかれらの敵が主張した理由は,わからないことでもない。このような装飾を伴って,ヘレニズム時代の秘境の儀式は異教の集会や中性の魔女のサバト,こんにち人工的に復興された魔女の儀式のための,定まった形式になったのである。

葛野浩昭:「サンタクロースの大旅行」,岩波新書 (1998).
ヨーロッパでは,古くから各地でさまざまな冬至祭が催されてきました。帝政時代のローマでは,太陽神ミトラを祭る冬至祭(「無敵の太陽」とよばれました)が12月25日に行われました。また,種蒔きと農耕の神であるサトゥルヌスの祭も,12月17日から24日まで,どんちゃん騒ぎとして祝われました(このサトゥルヌスは英語の土曜日 Saturday の語源です)。前章でもふれたように,イエス・キリストの誕生日が12月25日に定められたのは,ミトラの冬至祭を取り入れたからです。

さて,引用ばかりでだいぶながくなっちゃったが,まとめてみよう。上に見たとおり,インド・イランのローカル神として誕生したミトラが,東に向かえば実在の人物マイトレーヤと同一視され弥勒(ミロク)になり,さらに布袋和尚とも習合して沖縄のミロク神(ミリク神とも)となって蓬莱の国に上陸する(最も東の端の地としては,柳田国男が「海上の道」で触れたように,鹿島の国かもしれない)。西に向かえば,ユダヤの天使メタトロンと習合し,あるいはミトラ教(ミトラス教)となって原始キリスト教と激しい覇権争いをする。キリスト教にはついに破れるも,クリスマスやサバトといった儀式に形を変えて,薄く広くその影響を浸透させていく・・・。なんとも雄大で気の長い旅だ。しかし,ユーラシアの西と東でやっぱりちょっとずつ繋がっているという,時空を超えた生命力(何しろ神様なのだから!)が微笑ましい。シンクレティズムとメタモルフォーゼを繰り返しながら,神々は人と人,民族と民族の間を渡り歩いていく。それは「神」を「文化」と置き換えてもおなじこと。人類の叡智と逞しさを(そして愚かさをも)深い感慨を以て感じぜずにはおれない。それが「宗教学」の醍醐味なのだ。・・・そうそう,ということで,最後にもうひとつだけ引用を。

ミルチア・エリアーデ(島田裕巳,柴田史子訳):「世界宗教史 II ゴータマ・ブッダからキリスト教の興隆まで」, 筑摩書房 (1991).

・・・救済の約束は,ヘレニズム宗教の革新性と主要な特徴を示している。(中略)救済への希望は,当時のすべての精神的潮流と同様,シンクレティズムの影響のもとで展開されたのである。
事実,シンクレティズムはこの時代の支配的な特徴であった。シンクレティズムは古来,盛んに記録されてきた現象で,ヒッタイトの宗教やギリシア,ローマの宗教の形成においても,またイスラエルの宗教や大乗仏教,道教においても重要な役割を果たしてきた。しかし,ヘレニズム - ローマ時代のシンクレティズムは,そのスケールの大きさと驚異的な創造性において際だっている。シンクレティズムは,活力を失ってその不毛さを露呈するどころか,あらゆる宗教的創造の条件であるように思われる。

追記

超個人的なハナシですが,沖縄のミルク神については,ぽた郎&ぽた子が久米島に行ったとき,偶然見に行った郷土芸能祭でミルク踊りをやってまして,それがキョーレツに印象に残ってます。布袋の面を被り,西の海から豊穣を運んでくるミルク様。そのときの写真はコチラにあります。→ http://www.potterist.com/tabinikki/kumejima/kumejima3.html

なお,「サンタクロースの大旅行」はmorioさんに教えていただきました。ありがと〜ございます。(^^) >morioさん

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