December 23, 2004 | ライヒ,ミニマル,英会話
先日買ったスティーヴ・ライヒのCDについて,ちょっと書いてみようと思う。ライヒについていつかは書かねば,と思っていたが,ちょうど良い機会。
今回のアルバムはライヒの新作ではないが,やはり,見たら買ってしまうのはライヒ中毒の性(さが)か。ぽた子さんには,「その曲,持ってるじゃないの〜っ」と文句言われつつも,やはり,ライヒだったら買う。それがコレクター魂というもの。(笑) オリジナルの弦楽四重奏版に比べ,弦楽オーケストラはかえって透明感が増してマイルドな聞き心地になるし,フランスのオケらしい華やかで軽やかな金管の響きはライヒ的ミニマルの新しい側面を見せてくれる・・・,なーんてマニアっぽい批評を思わず書いてみたくなっちゃう程だ。ま,そんなことはどうでもいいけど。
閑話休題。だいぶ前になるが,@nakさんのブログに英語のイントネーションについて,コメントが載っていたのを思い出した。そう,イントネーションが大事ですね,英語の喋りは。ぽた郎はあんましちゃんとした英語教育は受けてないので完全に自己流の勉強しかしてないのだが,英会話に限って言えば,これまで一番役に立った教材というのが,実は何を隠そう,コレ。スティーヴ・ライヒの「Different Trains」なのだ。
ライヒの1988年の作品「Different Trains」は,彼のバイオグラフィーの中でもターニングポイントとなる作品である。それまでメロディーというものの存在しない抽象的なパターンやリズムなどの反復によって構成されてきた,まさに抽象絵画のような彼のミニマル的手法が,この作品からはコンセプトが大きくシフトし,人間の声,しかも物語性やメッセージ性を強めた作品に移ってきたからだ。もちろん,人間の声を素材に使っても,ライヒ的ミニマル要素はまさに「ライヒ的」以外の何者でもない。手法的には,むしろ処女作の「It's Gonna Rain」に先祖帰りしたような形だ。インタヴューで採取した人間の声,それを執拗に強迫観念的に反復させる。しかもこの作品では,楽器が人間の台詞をユニゾンでなぞって行く。まるで本人の見えざる内心の声のように・・・。
百聞は一見に如かず。まずは楽譜を見てみよう。ライナーノートにも載ってる出だしの一節。

ちなみに,サンプル音源は amazon.com の方にもあるので,興味のある方はどーぞ(リンクページの下のほう,「Listen to Samples」の一曲目「1. Different Trains: America - Before the War」がソレ)。この楽譜を見ながら,初めてこの曲を聴いて,ぽた郎は愕然。「な,なんと! 英語って楽譜に表せるんだったのかぁぁぁ〜っ!」(@o@) 「こんなん,学校や参考書では教えてくれん〜っ!!!」
・・・つまり,英語(やその他のヨーロッパ系言語)のイントネーションは,音楽と同じなのだ。いや,音楽そのものと言ってもよいかもしれない。そりゃあ当たり前だね,冷静に考えれば。むしろ,日本語を西洋音楽のフレーズに無理矢理当てはめる近代以降の歌唱法が不自然なのであって(余談だが,日本音楽のよき伝統を完全に分断した最大の戦犯は文部省唱歌であることは,意外と知られていない),英語圏の人はまさに歌うように喋り,喋るように歌うということを,ダウランドからパーセルを経てビートルズに至るまで,ずっと何百年と続けてきたのだ。普段喋ってることが楽譜にできちゃうということも,なるほどうなずける。確かに,それをほんまに忠実にやってのけちゃったライヒって,やっぱりすごいヒトだと思うけど。
「Different Trains」では,直訳すると「さまざまな列車」と言う通り,戦前のアメリカの(恐らくライヒ自身の幼年期の)幸せな旅行の体験("from Chicago to New York"..., "one of the fastest trains"..., "different trains every time"...)と,ほぼ同時期に大陸の向こうで起こった悲惨な出来事("on my birthday"..., "Germans invaded Hungary"..., "You must go away"..., "Lots of cattle wagons there"...)の物語が交差して進行する。インタヴューの台詞がテープループによって執拗に繰り返され,弦楽四重奏(今回のCDでは弦楽オーケストラ)がその声をなぞる。インタヴューの台詞は感情が抑制された淡々とした語りのはずなのに,音楽も決して安易に感動を押し売りするロマン主義的な手法ではないのに,それだからこそひしひしと伝わる切迫感と共感。台詞が繰り返し繰り返し強迫観念的に反復されることによって生まれる緊張感。素材としても手法としても構成としても,まさにライヒの円熟期の始まりと誰もが言わしめるに足る大作である。そして,その手法はその後の「The Cave」や「Three Tales」と言った超大作に受け継がれて行く・・・。
この曲を繰り返し聴くうちに,ぽた郎はいつしか,楽器を奏でるがごとく,歌を唄うがごとく,英語を喋ることを心掛けるようになった。相変わらず"r"と"l"をうまく喋り分けることはできないけど。それでもまあ,ジャパニーズ訛りのベタな発音からは少しは脱却できたのかな,と自分では思う。英語はイントネーション。言い換えれば,リズムと音程。そう,五線譜で書けるのです。そう考えると,英語の発音って,結構お気楽に勉強できますよね・・・?
というわけで,皆の衆,ライヒを聴くべし! 結局,それが今回の結論。(笑)