December 12, 2004 | ゴールキーパーの不安

パブでフットボールを観るのは愉しい。居酒屋ではプロ野球でもよいだろうが,パブで,それもアイリッシュパブやイングリッシュパブでは,エール(ビールではじてない!)をちびちびやがら観るのは,やはりフットボール(サッカーと訳してはいけない!)でなくてはならない。ぼくは別段フットボール・ファンでなもないが,この日,たまたま行きつけのパブに入り,フットボールの試合をやっていて,エールをちびちびやりながら,思わず最後まで観いってしまった。これぞパブの醍醐味。

さて,ここで述べたいのはパブ論でもフットボール論でもない。この日ぼくがたまたま見た試合で起こったちょっとした出来事について,個人的に非常に気になったので,少し述べてみたい。この日の試合(トヨタカップ)はヨーロッパと南米のクラブチームのトップが雌雄を決する国際試合。FC Porto, Once Caldas, 両チームともそれぞれの大陸ではビッグクラブではないものの,それぞれの持ち味を活かして勝ち残ってきたチーム。結果は延長の末,PK戦までもつれ込んでのディフェンス型ゲームで(その後の新聞や報道ではいろいろと辛口のコメントも書かれていたが),パブの大画面で見る試合はそれなりに白熱した面白いゲームであった。しかし,ぼくがここで述べたいのは試合の内容ではない。ここで敢えて言いたいのは,その桧舞台の片隅で起こった,ニュースではほとんど取り上げられないほどの,小さな事件なのだ。

後半も中盤に差し掛かったところ,FC Portoのゴールキーパーが突然倒れてしまった。別段危ういクロスになったわけでもなく,ボールも何もないところで,突然GKがひとり倒れている。しばらくカメラも気がつかないほどに。担架が運ばれ,一時は気丈に立ち上がったものの,結局は担架に乗せられて退場。代わりのGKに交代が告げられる。・・・さぞかし無念だったろう。今やその存在意義が少々薄れてしまったとはいえ,欧州と南米のトップが対決するクラブチームの世界決定戦。その桧舞台の最中,守護神たる主役たる自分が倒れて退場。しかも名誉の負傷ではなく,体調不良で人事不省・・・。本人にとってはさぞや無念だったろう・・・。結果として試合はPKを制してFC Portoが運良く(まさしくPKは運頼み)勝利したものの,それだからこそ,途中でフィールドを去るのは一生の不覚だったに違いない。スポットライトを浴びる前に敢えなく退場する大黒柱。一方,敵方のキーパーは敗北してなお雄叫びを上げ伝説を残し,PK戦の立役者としては控えのキーパーに主役の座を取られてしまう・・・。結局,GKの交代は新聞もネット記事もほんの短くしかコメントしない程の瑣末事に過ぎないのか・・・。

しかし,ぼくの目にはこのシーンが鮮明に目に焼き付いてしまった。「体調管理はプロの仕事の基本」,と言ってしまえばそれまでであるが,その日のちょっとしたコンディションで,自分では大丈夫と思いながら(決して過信ではない),最悪の結果になってしまう危うい分水嶺。大舞台の最中での突然の奈落への転落・・・。これは我々サラリーマンの明日にも,十分起こりうることなのだ。試合に勝ったはずなにのに,チームメートが勝利の美酒に酔いしれているのに,フィールドを人知れず去る敗軍の将(いや,官軍の負傷兵,といったところか)。ぼくはそうは絶対ならない,なりたくないと思いつつ,その姿はもしかしたら明日の自分の姿かも知れない,と一抹の不安を覚えつつ,報道では決して触れられないその彼の背中を想像しながら,ぼくはフットボールの栄華の中に人生を重ねずにはいられなかった。

パブでフットボールを観るのは愉しい。フットボールは人生の縮図であり,パブもまた人生の劇場であるからかもしれない。その舞台の片隅で,誰もがあまり気にしないちょっとした事件が,ぼくの脳裏には鮮明に焼き付いて離れない。ぼくは,不運のGKに向かって「お疲れさま」と小声でつぶやきながら,ほんのちょっと底に残ったエールを飲み干し,パブを後にした。

【12月22日加筆・公開】

追記
コメントの一覧 (0件)
トラックバックの一覧