June 12, 2004 | SF漫画二題
ひさびさにまとまった休みが取れたので,兼ねてより気になっていたマンガを幾つか買い漁る。そのうちの二つがコレ。いわゆる「本格ハードSF」漫画,二編である。
■幸村誠:「プラネテス」全4巻,講談社
■太田垣康男:「MOONLIGHT MILE」第1〜8巻,小学館
実は,「本格ハードSF」漫画は非常に少ない。何を以て「本格ハードSF」と呼ぶかはいろいろと議論があるところだが,ここではとりあえず,ESPやヒューマノイド型ロボットが出て来ない,現代科学のシームレスな延長線上にある未来を扱った小説,とでも定義しておこう。とりあえずこの定義に則ると,SFマンガは数多くあれど,実は「本格ハードSF」漫画は非常に少ない。強いて挙げれば星野之宣くらいか。・・・と少なくとも私はそう断言したい。
そのような中で,世紀の変わり目を前後して秀逸な作品が二つ登場した。前者「プラネテス」は1999年1月に「モーニング」連載を開始し(作者の事実上デビュー作で掲載時は読み切り),2004年1月に連載修了(とりあえず「第一部完」となっている)。後者「MOONLIGHT MILE」は2000年12月に「スペリオール」に連載を開始し,現在も連載中である。殆ど同時期に連載を進め,同じように現在のシームレスな延長線上としての近未来(前者は2070年代,後者は2010年代)を舞台にしているという点で,まさに好敵手というべき二本である。このように突如彗星のように現れた二つの本格ハードSF漫画であるが,実は作風はまったく対照的なのが興味深い。
前者「プラネテス」は若い宇宙飛行士の精神的成長物語とも読み取れる。主人公はしがないデブリ屋(宇宙の屑鉄回収業者)から一念発起してエリート宇宙飛行士たる木星航路のメンバーに挑戦し,悩み,道を失い,助けられながら,最後には目標を達成する,挿入話に登場するサブキャラたちもやはり挫折や逡巡を超克し成長する。物語の最後に人類発の木星到達を果たした後,作者は主人公に「愛することだけはどうしてもやめられないんだ」と語らせるが,これも巧妙なストーリー構成と丹念な人物描写が功を奏して安っぽいヒューマニズムに陥らずに済み,読後が爽やかで健全な(しかし一筋縄ではいかない)若者の物語として完成していると言えよう。この手の類いの成長物語は,別段SFでなくともできるハナシであるが(スポーツものとか,学園ものとか),宇宙という極限環境において,やはりそれでも「愛することが」と臆面も無く真顔でそれを述べるところが,この作品を貫く真っ直ぐな瑞々しさだと言えるだろう。
それに対し後者「MOONLIGHT MILE」は大人の肉体派である。物語の開始時からいきなり冗長なセックスシーンが続き,「本格SF」を期待した者を面食らわせる。このセックスシーンは連載している雑誌の読者層への過剰なサービスかと思いきや,実はそれ自体がこの漫画の通奏低音を暗示しているのかもしれない,と読み進めるうちにそう思ってしまうほどだ。この物語の主人公はビルディング・スペシャリストと呼ばれる宇宙空間の「ブルーカラー」であり,見たかんじさえないフツーのおいちゃんである。しかし憎まれない性格で女にはめっぽうモテる。天真爛漫天衣無縫で悩まない。いや,悩んでるヒマなく生物的に本能的に決断しなければならないのだ,宇宙空間では。「博士号を持つ学者達だけが宇宙に行っていた時代から・・・プロの建設作業員(ブルーカラー)が宇宙飛行士になる時代が来る・・・。」地球的危機を引き起こす衛星墜落を防ぐため,普段なら十数時間かかる0.27気圧への減圧作業をたった4時間で完了させる超人的な強靭な肉体。強靭な肉体にこそ強靭な精神が宿る・・・? 崇高や健全なんてクソくらえ・・・? それを肌で感じさせる熱い(そしてちょっと汗臭い)オトナの漫画である。
いずれにせよ,「プラネテス」,「MOONLIGHT MILE」,甲乙付け難い両雄の揃い踏みである。いずれもエリート宇宙飛行士でなく,フツーの屑鉄回収業者や建設作業員といったインフラストラクチャーを支えるエンジニアに焦点を当てているのが興味深い(それでも地球上の人からは充分フツーではないのだが)。それだけ「現在」が「未来」に近づいた,ということだろうか。(この栄光の「未来」に向けて克服すべきものは単に「技術」ではなく「予算」である,ということが皮肉にも明らかになってきたのも,「現在」が「未来」に充分近づいた証拠かも知れない。)この二作を読んだ後,例えば星野之宣の「2001夜物語」(雑誌連載は1984〜86年)など読み返すと,メカニックな点でも登場人物の行動様式の点でも,失礼ながらやはり時代を感じさせると思わざるを得ない。それほどまでにこの二作は現代マンガ史に新しい一歩を刻む秀作だと言えるだろう。両作者の今後の展開に期待したい。また両作品に触発されて,良質な「本格ハードSF」漫画が今後続くことを期待したい。