March 21, 2004 | 書評の目,日記の目

今週もなかなかやってくれました。朝日新聞の日曜日の書評欄。高橋源一郎はやっぱりうまいよね。

■高橋源一郎:星野智幸著「ロンリー・ハーツ・キラー」への書評,朝日新聞2004年3月21日(日)書評欄

小説を読んでいて「これは面白いな」と感じると,「書評してみたいな」と思いはじめる。でも,そういう時にはをつけなくちゃならない。途中から「書評をする」頭で読むようになりがちで,簡単にいうと,作品の「奥」に隠される「本質」を暴き出そうとしながら読んでしまうのだ。それはね,読書中には,ほんとはやっちゃいけないことなんだよ。
これはヤラれました。イタいとこを突かれた。ホンマにタカハシ大先生は,まるで冗談のようなフツー言葉でズバリ正論を吐かれる。脱帽。
この警句は我々アマチュアにもバッチリあてはまります。「書評をする」とか「本質を暴き出そう」とかそんな大それたことは意図せずとも,「日記を書く」目で物事を見るようになりがちになってしまうというのは,確かに見透かされてます。事実,ワタクシ,昨日の円山応挙展では,日記の文章を考えながら応挙の画を見てました。いかんいかん。これはあざとい。素直な眼で画をみなきゃ。感想を考えるのなんて,あとでもいいのに。反省至極。
そろそろ日記と言う麻薬が利き過ぎてきたかな。日記に支配されないように日記を書く。難しいですね。それは「日記」を「言葉」と置き換えても同じこと。

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