March 18, 2004 | マルクス大帝,失踪す。
先日,ぽた子さんとの会話のなかで,ふと,話題にのぼり,そういえば・・・,ということで,それを求めて,書庫に降りていった。が,
・・・ない。
ないのだ。マルクス・アウレリウスの「自省録」が。ぽた郎が高校生の時に買った,もうボロボロになりかけてる青帯の岩波文庫が。
こうなると,もう大変。夜中の2時に家捜しを始める。誰かに貸したんだっけ? 去年の引っ越しのときに別の棚にまぎれたのでは? とブツブツひとりごちながら家中を捜索するも,ついに発見できず。これでは夜も寝られーん。と悶々と床につく(ま,すぐに寝ちゃったけど)。
本を所有する,ということはどういうことか。こういうときによくわかる。ぽた家の書庫は,運良く(運悪く?)ぽた郎もぽた子さんもお互いそれにブレーキをかけないので増殖する一方であるが,二人も特に「私有」にこだわっているわけではない。手軽にアクセスでるのであれば,図書館でもよいのだ。人から借りるのでもよい。二人ともこの世からいなくなったら,この本の集合体は散逸するであろう。それはそれでよい。では,なぜ本を買うのか? ・・・それは,夜中の2時にトツゼン読みたい!と思ったときに,スグに手に取る位置において置くためなのだ。思い立ったらもう止められない。特に本に関しては。これはもう欲求というより欲望,欲望と言うより煩悩に近いでしょう。自分でもそう認識してます。ハイ。ストイックなマルクス・アウレリウス皇帝が聞いたらなんと嘆くだろうか。
で,仕方がないから岩波文庫,買い直しました。出張先の東京で。問題の,夜も寝られず気になったフレーズはこれ。
■マルクス・アウレリーウス(神谷美恵子訳):「自省録」,岩波文庫 (1956).
魅惑的な歌,舞踊,角力(パンクラティウム)等というものも,ひとたびこれを分解して見れば,君はきっと大したものに思わなくなるであろう。たとえばもし君が美しい声の旋律を各音に分析し,その一つ一つについて,「こんなものにお前は心を奪われているのか」と自分に尋ねて見れば,そうだというのは気がひけるだろう。舞踏についても一つ一つの動作または姿勢にたいして同様なことをやり,また角力についてもやって見れば,以上と同じことがいえよう。要するに,徳と徳のもたらすものとを除いては,物事をその構成部分に解体して根底まで見きわめ,かように分解することによって,これを軽視するに至るべきことを忘れてはならない。同じ方法を人生全体に応用せよ。(第11章2節)
ああ,ようやく見つかった。20年も記憶の中で反芻すると,意味は同じでも表現がまったく違ったものになっちゃってるのに驚く。もちろん,軟弱煩悩主義!(笑)のぽた郎としては,これを批判的に読んでいるんですが。それはそれで,また後日書くことにしよう。
Category:
1. book
追記