ぽた子の軟弱な日々01/12
ぽた子が気が向いた時に気が向いたことを書いております。戻るときはブラウザの「戻る」でお願いします。
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12月27日 水曜日

■年末の一日
 年末だな〜。今日は髪の毛を切りに言って、大掃除を一部分やって、年賀状を作った。毎年今頃年賀状を作ることになってしまう。ああ・・・。
 お正月は東京に行くのだけれど、手みやげに甘納豆を持っていくことにした。電話&メールで注文。おでんのときに、はたさんが持ってきてくださったもの。甘さがくどくなくておいしく、「これだ!」って思った。東京の1/4のポタに参加される皆様にはご賞味いただけると思います。


■テンピュールのサドルカバー
 テンピュールという会社が、とてもさわり心地の良い枕とマットレスを出している。東急ハンズに置いてあって行く度に触っていたのだけれど、最近になって自転車のサドルカバーも出していることを知った。こういうものが大好きはぽた郎さんはさっそく買ってきた。値段は5000円ぐらい。
 ぽた郎さんはしばらく使ってみて、座った感じがとても良いと言った。ぽた子は今日始めて使ってみた。・・・よく分からなかった。長時間使ってみないと分からないのかもしれないなぁ。


12月16日 日曜日

■カフェ
堀江のカフェでお茶をした。堀江は2,3年前からおしゃれなカフェやショップが集まり始めており、今日入ったお店もそんな中の一つ。

ガラスばりの壁に二階まで吹き抜けで開放感あふれる店内にはモミの木がどーんと立っていた。センスの良いつくえと椅子。適度にフレンドリーなギャルソン。

スコーンとサーモンのオープンサンドを頼む。ところが・・スコーンは明らかに焼きすぎで焦げていて、底はクッキーかと思うほど厚い。オープンサンドのサラダはレタスの端っこが茶色く変色していた。

こんなにおしゃれなお店なのに、なんでフードはちゃんとしてないんだーっ!と文句垂れぽた子は文句を垂れていたのだけれど、突然はたと思いついた。もしかして、カフェって食べ物を食べるのが目的ではないのではないか?

最近雑誌を見ていても、「間宮吉彦設計の店」とか「カフェのインテリア」とか、インテリアデザイナーを全面に押し出したりインテリアを中心にしてカフェを紹介したものが多い。あくまで主役はインテリア。食べ物じゃないのだ。だからカフェは、食べ物を食べる場所じゃなくて、「ケーキを食べている私」「このインテリアの中に座っている私」を楽しむ空間、なのかもしれない。

そう考えると、多少スコーンが焦げててもレタスが茶色くても、文句を言ってもしかたがないのかと思えてくる。食べ物でお客さんを呼んでるんじゃないんだから。
今まで大抵の飲食店は食べ物の味で判断されてきたけれど、そこにインテリアという新しい基準を持ち出してきたのはおそらくカフェが最初だろうし、その点すごいと思う。

ただ、味で勝負するケーキ屋さんや料理店は「存続すること」が一つの目標だろう。店の味が広くお客さんに受け入れられて潰れないでお店が続いていくことが、成功なんじゃないかな。
でも、インテリアで勝負する店は、「存続すること」を目標とはできないんじゃないだろうか。食べ物の味はなかなか飽きられないけど、インテリアは時間が経つと古びてくるし飽きがくる。常にかっこいい店として存在するには、改修を繰り返さなくてはならないだろう。

インテリア勝負の店が最初から短命を前提としてるとすれば、インテリアデザイナーの仕事ってなんだか悲しいなと思ってしまう。
ケーキやフードの味でも勝負できる、末永く生き残りそうなかっこいいカフェがたくさん増えるといいのになぁ。



12月15日 土曜日

■時刻表
 この間図書館に行った時、時刻表を返却している人を見た。あれ、時刻表って借りられるの?最新号以外の雑誌は借りることができる、というのは知っていたのだけれど、時刻表はなんとなくダメだろうと勝手に思いこんでいた。聞いてみると借りられるという。早速、その場にあった中で一番最新だった10月号を借りてみた。

 旅はしたいが金は無し、の身分にとって、「時刻表の上の旅」もまた一つの旅の形である。ぽた子は時刻表が結構好きで、時々時刻表をめくっては、路線部が書かれた日本地図をぼんやり眺めたりする。

 めくっていると「へ〜」ということがかなりある。今日はたまたま航空ダイヤを見ていたのだけれど、東京には「調布」という飛行場があることを発見した。調布から新島、大島、神津島まで飛行機が飛んでいるのだ。新中央航空という会社である。知らなかった。ついでに新島、大島、神津島、全部場所を知らなかったので、地図で調べてみた。そうか、三宅島と本州の間に、こんな島があったのか・・。
 さらにめくっていると、神戸から湯村温泉、但馬にヘリコミュータが飛んでいるとある。ヘリって乗ろうと思えば乗れるんだ!定員9名。一度乗ってみたい気はする。

 それにしても、日本って時刻表が好きな国だなと思う。毎月毎月時刻表が発行される国なんて、他にあるんだろうか。それも一種類だけじゃなくて、1000円の大きいサイズの時刻表は2社から出てるし、それぞれの会社がポケット時刻表みたいな小さいサイズをさらに出している。一体何種類あるんだろう。よく共倒れしないなぁ。

 一方で、電話帳は日本ではあんまり好まれていないような気がする。NTTが一年に一回配っているけれど、あまり使った記憶がない。 アメリカでは、時刻表より電話帳の方が馴染みが深いと聞く。広い国土では電車より電話の方が身近なものだったのかもしれない。
 時刻表も電話帳も同じ数字の羅列なのに、好まれ方に違いが出るのはなぜだろう。日本人にとっての電話帳と時刻表を考えてみるのは案外おもしろいテーマかもしれない。
 

12月10日 月曜日

■手帳
昨日、本屋さんで来年のスケジュール帳を買った。

ぽた子は今年一年間、スケジュール帳を使い通した(まだあと20日ぐらい残っているが)。
あったりまえ、とつっこむなかれ。
ぽた子にとって、これは始めての快挙なのだ!

始めてスケジュール帳を持ったのが中学一年生のときだった。電車通学に腕時計とスケジュール帳は必須アイテムのような気がして、喜んで買いに行った。(今考えると、なぜ電車通学にスケジュール帳が必要なのかは全然分からないのだけれど)
ところが、腕時計はともかく、スケジュール帳は結局使いこなせなかった。理由は簡単、スケジュール帳に書くほど予定がないから。中学生の予定なんて所詮知れている。せいぜい宿題が出たとか、友達と遊びに行くとか、一週間先ぐらいまでの話ばかりだから、ぜーんぶ頭で覚えられちゃうのだ。まれに忘れるかな?と心配になるときは、家の机の前に「○日○時、○○ちゃんと待ち合わせ」と貼っておけば、大抵事足りた。
頭で覚えているから、スケジュール帳に書くこと自体がめんどうになり、当然スケジュール帳は真っ白で、そのうち持ち歩かなくなり・・・年が終わる頃にはスケジュール帳を無駄にしてしまった罪悪感。来年使いましょ、と言う訳にもいかないし、捨てるしかない。 数年同じことを繰り返したあと、ぽた子はスケジュール帳を持つことをきっぱりとあきらめてしまった。

頭で覚えられる程度にしか予定がない状態はそれからもずーっと続き、大学生になってもスケジュール帳は持たなかった。試験前だけ時間割を書いた紙を持ったりしたけれど、全て「机の前に紙を貼っとく」作戦で乗り切りった。
社会人になってからは、仕事上のスケジュールはパソコン管理だった。朝一番にスケジューラーを立ち上げて予定を確認。予定が発生したらそのつど書き込み。プライベートの予定はあいかわず頭で覚えていたため、やっぱりスケジュール帳持たずの生活。

ところが、去年あたりから手帳が欲しいと思うようになった。自転車で何処を走ったか書いておきたい。読んだ本をメモったり、忘れたくないことをちょっと控えたり、遊びに行った先で記念スタンプを押したりしたい。
そこで、去年は「なんでも帳」を作った。無印良品で60円の小さいノートを買ってきて、思いついたこと何でもメモる。中身は非常に雑多。1ヶ月や2ヶ月時間が空いても気にせず続きから使えばノートが無駄になることもない。

これはぽた子の性格に合ったらしく、とっても成功した。ただ、成功して記述が増えていったため、前に書いたものを探すのに時間がかかるようになった。一ヶ月ほど前に書いたなぁと思っても、ものすごく書く月と全然書かない月があるために一ヶ月前の記述がどこらへんにあるのか探すのが大変なのだ。ある程度日付でページが分かれていると探しやすいのになぁ。

待てよ、これってスケジュール帳じゃないか!ぽた子はこの時始めてスケジュール帳というものの便利さを知った。ちょうど1月だったので、さっそくスケジュール帳を買ってきた。
安野光雅の絵が表紙のちくま書房の文庫手帳。ちくま文庫と同じ大きさ同じ雰囲気で、580円。ISBNが付いているから、きっと書籍扱いなのだろう。使い終わらないこともあると思い、本屋の中で一番安いのを買った。

この手帳、最初に見開きで月ごとの予定表があり、その次に週ごとの予定表がついている。この週ごとの予定表には一日ごとに罫線が引かれているが、時々そんなのは無視して「だいたいこのへん」っていうところに書いたり、スタンプ押したりしている。ある程度いい加減にやる方が長続きするみたいだ。

新しい手帳って、早く使いたい〜。来年の手帳は今週12/10からの週ごとの予定表があるので、さっそく、ぽた子日記のネタを書き込んだ。



12月8日 土曜日

■ブロンプトン2
ということで、うちにブロンプトンがやって来ました。2001年限定モデルのブラック。トレンクルより安定にはしりますねー、やっぱり(当たり前か)。

ブラックは2002年モデルも出てます。ローロさんに問い合わせると、2001年の方が値段が5000円ぐらい安いのだけれど、畳んだときに座りが悪く自立しない、とのこと。
しかし、2002年モデルは本体の他にハンドルステムが黒で、本体とステムの黒の色が微妙に違うらしいです。
微妙に色が違うのって、全く色が違うよりも却って気になったりします。2001年はステムは銀色。座りが悪いのもリアキャリアを付けたら問題なし、ということで、結局2001年モデルを買いました。

今日はローロさんには2002年のブラックの在庫が無く、2001年と色の比較ができない、ということだったので、買わないで帰ってくる可能性も高いなと思ってました。なので、ぽた郎さんバイキー、ぽた子トレンクルで自走して行きました。
ところが、ブロンプトンを買ってしまったので、トレンクルは折りたたんでバイキーの後ろに載せることに・・・。ママチャリ用の買い物かごをバイキーの後ろに取り付け、中にトレンクルを入れてマジックテープで沢山固定。なかなか凄い光景でした。
トレンクルを積んだバイキーなんてバランス悪くて運転が怖そうだったので、ぽた子がずーっとブロンプトン乗ってました。
結局、今日はぽた郎さんはブロンプトンに乗れなかったのでした。

■今日のぽたぽた
9時20分に家を出発。10時に国立文楽劇場着。1月公演のチケットを取る。10時発売開始なのに整理券番号は201番。こんなに並んでいるのは始めて見た・・。文楽劇場の茶屋で抹茶セットで休憩しつつ順番を待つ。

しばらくしたら飽きてきたので、自転車に乗って難波あたりをうろうろ。「天丼の店」で天丼550円+赤だし50円を食べる。ここはおいしい。文楽劇場に戻ったら、ちょうど順番が来たところ。結局チケットを買い終わったら12時半だった。

心斎橋のハンズで、ぽた子のリュックを買う。旅行にも持っていけるよう30Lのを買った。今までデイバックしか持ってなくて、これ一つで沖縄に行ったらものすごく不便だったので。

疲れたのでお茶しようと、空堀商店街に向かう。上町台地の坂道に商店街はある。天神橋筋商店街よりあか抜けていない、昔ながらの雰囲気。この近くの長屋を改造したカフェ「心裸・茶房瞑」。前に@nakさんが来阪したときに行ってもいいかなと一応ピックアップしていたところ。行かなくてよかった。紅茶専門店のくせにセイロンティー550円は香らない、自家製のはずのケーキ450円はコンビニ並み。インテリアは和室にちゃぶ台、提灯照明と、とても和めて良いのだけれど。横で陶芸教室もやっている。ここは自由な雰囲気で料金もそれほど高くなくて良さそう。

鶴橋へ向かって走る。途中、はたさんから電話があり、ローロさんで待ち合わせることに。かわさきさんも来られるとのこと。鶴橋で白菜キムチ、千切り大根キムチ、ゴマ油、マッコリ、そばどうふ、を買いつつ、いろんな店を冷やかす。

ローロさんに到着。既に16時半になっていた。はたさん、かわさきさんと合流し、ブロンプトンを遂に購入。

ローロさん横の喫茶店でお茶。ぽた子はベリーケーキ、かわさきさんは洋梨のタルト(かな?)を食べた。 そのあと、4人で天満橋のベルギービールの店に飲みに行く。ぽた家は自走、はたさんとかわさきさんは輪行で帰宅。
もりだくさんの一日でありました。


12月6日 木曜日

■ブロンプトン
ついに、ブロンプトンを買うことになった。これで我が家は自転車が6台。冷静になれば、人間が二人しかいないのになぜ6台も・・と思うけど、こういうときは冷静になってはいけないのだ(^^;)

この数ヶ月、ぽた郎さんはずっとブロンプトンが欲しいと言い続けていた。通勤にBD-1とトレンクルを使っているけれど、2種類だけじゃ飽きてきたらしく、もう1種類加えたいと思ったらしい。

ぽた郎さん曰く「ネクタイを変えるように自転車を変えたい」
なんか笑ってしまった。

実はぽた子もイニーさんのカゴ付きブロンプトンをうらやましく思っていた。今、ぽた子は買い物行くのにリュックサックを背負って行ってる。大根がニョッキリでたリュックサックってすごく重いし、なんか情けない〜。前カゴに野菜入れて後ろにお米積めるのは、やっぱりブロンプトンかな。

増殖していく自転車。不思議だ。


12月4日 火曜日

■久しぶり
久しぶりの更新です。書きたい気分になったときに書くことにしていたら、時々ものすごく時間が空いてしまします。でも、書きたくないときにもムリして書いて、ホームページを作ることすら嫌になってしまうのは困るし・・・。
末ながーく続けていきたいので、更新に気がついたときに読んでくださるとうれしいです。

■記念日
 きささんちの掲示板を見ていたら、@nakさんが「きささんお誕生日おめでとう〜」と書いておられた。きささん、おめでとうございます。

@nak(た)さんはすごいなぁ、ちゃんとお誕生日覚えておられたんだ。

人の誕生日をちゃんと覚えられる人と覚えられない人がいるとすれば、ぽた子は完全に後者だ。
自分以外の人で覚えているのは、父母弟、ぽた郎さん、ぽた郎妹(ぽた子と近いから)、ぐらいじゃないだろうか。あとは・・・親しい友人の顔は思い浮かぶけど、誕生日は思い出せない。

中高生の頃は、友達同士で誕生日プレゼントをもらったりあげたりした。でも、ぽた子は友達の誕生日をさっぱり覚えられなくて、いつも「○○ちゃんは○月○日がお誕生日だから、プレゼント買わなくちゃ」と他の友達が言い出してようやく気がつく、というのがパターンだった。この頃ぽた子は手帳を持つ習慣がなかったので、さらに覚えるのが難しかった。

この年頃って、「友達の誕生日ぐらい覚えてて当然ー」って感じだったような気がする。だから、ときどき「ぽた子ってすぐ友達の誕生日とか忘れちゃうねー」と言われて、「私ってなんて冷たいんだろう〜」と思ったりした。この当時の友達で今もおつきあいがあるのは、「ぽた子ってそういう人だからさ〜」とぽた子の忘れっぽさを特に気にしない人たちばかりである。ありがたや。

忘れるのは人の誕生日だけじゃない。
ぽた家は披露宴はしなくて親族を呼んでお食事会をしたのだけれど、お食事会から一年後、ぽた郎母から電話がかかってきた。

ぽた郎母「ぽた子さん、結婚一周年ね、おめでとう。」
ぽた子「あ、いつだったかな、今日でしたっけ?」
ぽた郎母「!」

そう、ぽた子はいわゆる「結婚記念日」なるものをすっかり忘れていたのだった。
言い訳をするなら、一緒に住み始めた日とお食事会の日は違っているので、記念日って特定できないんだよー(でも、一緒に住み始めた日も覚えてないけど)。それに、ぽた子はお食事会を文字通りの「顔見せ」だと思っていて、自分たちの記念日だとは認識してなかったのだ。

電話の向こうでぽた郎母は絶句していた。
帰ってきたぽた郎さんに「今日はお食事会した日なんだって。覚えてた?」と言ったら、「覚えてたけど、ぽた子が何にも言わないから、まぁいいかと思った。」と言われた。
しばらくしたら、ぽた子母からもお花が届いた。
すっかり忘れていたのはぽた子だけだったのだ。
その翌年からは、ぽた郎母からもぽた子母からも電話もお花も来なくなった。

たぶん、ぽた子は記念日というものをあまり重要視していないのだと思う。毎日ちゃんと暮らしていって、知らぬ間に一年でも二年でも経っていたというほうが幸せかな・・と思ったりする。

ま、言い訳ですけど。