| ぽた子の軟弱な日々 |
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ぽた子が気が向いた時に気が向いたことを書いております。戻るときはブラウザの「戻る」でお願いします。
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9月23日 日曜日 ■9月いっぱいで店を閉めるという岸和田地ビールを飲みにいった。このビール、ぽた子はあんまり気に入らなかった。別に閉まってもいいや。 ■そのあと、堺市の「きおか」という酒屋にベルギービールを買いに行く。若い店主は、本当にビールが好きで好きでたまらないという感じの人だった。 ■南海浜寺公園駅まで歩いて駅舎を見た後(明治40年に建った。登録文化財)、阪堺電軌「浜寺駅前駅」から「恵美須町駅」まで帰る。始発駅から終着駅まで乗ったのは初めて。路面のところがあって面白い。 ■今日は自転車じゃなかったので、久しぶりにたくさん歩いた。普段自転車に乗ってると、歩くのが面倒になる自分を発見。今日は足が痛いや・・。 |
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9月22日 土曜日 ■日本酒を飲みに行きました。かどやという酒屋さん主催の日本酒を飲む会で、ぽた子の友達がここの店主と知り合いだったので誘われたのです。女性3人で参加。ぽた郎さんはお留守番。 ■この酒屋さんはこういう会を年に何度か主催していて、お酒好きの人が集まってくるらしいです。今回集まったのは25人。ぽた子を含め、この会に参加するのは初めての人が半数以上だったらしいのですが、楽しくお話できました。「日本酒」とか「自転車」とか、何かを中心にして人が集まるというのはおもしろいものですね。 ■美味しい日本酒がたくさん飲めました。いい加減な感想など。 天の戸 純米吟醸(あっさり) 高砂 山廃純米(チーズみたいな匂いがする) 会津娘 純米原酒生(ぽた子はこれ好き) 黒牛 純米生(重い、どっしり) 浪花正宗 本醸造(うーん、あんまり) 浪乃音 大吟醸(覚えてない) 会津娘 純米吟醸(うーん、あんまり) 清鶴 純米大吟醸(覚えてない) 浪花正宗 大吟醸(覚えてない) |
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9月21日 金曜日 ■ふと思いついて、映画を見に行きました。「テルミン」 ティーヴン・M・マーティン監督 ■テルミンというのは、テルミン博士が1920年に発明した世界最古の電子楽器です。電極の周りに磁場を発生させ、その磁場を手で遮ることで音を出します。鍵盤も弦もなくて、空中を手を動かして演奏する、不思議な楽器です。こんな音がします。幽霊が出てくるときの「ひょろひょろ〜」っていう音に近いかな。 ■ロシア人のテルミン博士はチェロ弾きかつ物理学を修めた人で、テルミンを発明してレーニンを喜ばせて演奏活動をしたあとNYに拠点を移します。NYで10年ほど生活し結婚もし演奏活動も成功するけれど、1938年に突然失踪してしまいます。ロシアに戻って(連れ戻されたのか自分で帰ったのかは不明)、強制労働についたり軍事関連の研究に従事しました。アメリカでは彼は死んだと思われてましたが、第二次大戦後生きていることが分かり、アメリカを去ってから50年後テルミン博士はアメリカを再び訪ね、あたたかく迎えられます。 ■映画は、テルミン博士がNYに居たときに深く関わった人たち(特に愛弟子だったテルミン演奏家のクララ)へのインタビューと、テルミン博士自身のアメリカ時代の映像を中心にしたドキュメンタリーの形を取っています。テルミンという楽器について、テルミン博士について、愛情を持って静かに語られています。そして、アメリカを再訪したテルミン博士がクララと会うところで、映画は終わります。 ■この映画が胸を打つのは、テルミンとテルミン博士が20世紀をそのまま生きているからでしょう。電子楽器の登場は科学技術時代の象徴だし、ロシアに連れ戻され50年後じゃないとアメリカを再訪できなかったテルミン博士は、社会主義国家が力を持ち滅んでいった影響をそのまま受けています。 ■テルミンは電子楽器だけれど、シンセに慣れた耳にはとても電子楽器とは思えないような、やわらかい音を出します。今の科学技術で作られたモノは何でも無機質な感じがするけれど、この当時の技術はまだ人間に対して無機質ではなかったのかもしれないと思わせる音です。 ■当時、電気工学というのはまだ新しい学問で、光(電灯)や動力(モーター)や熱に電気を使うことは考えられていたけれど、音に使うというのは考えられていなかったと思います。このような発想を生むロシアという国は技術の先端を行っていたのでしょう。電灯やモーターはアメリカが発明し広めたとされていますが、ロシアはロシアでいろいろな発明が行われていたのかもしれません。私たちはアメリカ寄りの事実しか知らないだけかも。 ■映画では、テルミン博士は自分自身のことについては深く語っていません。自分の人生をどう思うのか、自身の口から聞いてみたかった気がします。 ■しかーし、テルミンって電磁波ばりばりに出す楽器でしょうね。今、携帯電話の電磁波が問題になってますが、電磁波を浴び続けたテルミン博士は97才まで生きました。案外影響ないのかも(笑) ■追記:浮おじさんが、自作テルミンのサイトを教えてくださいました。 ---------ここから-------- [2372] テルミンサイト 投稿者:浮おじ 投稿日:2001/09/26(Wed) 11:22 自作する場合、なんでも東芝の電子部品が一個、手に入らないと聞きます ■テルミン関係のサイトです。 回路や作り方がのっているページです。 http://home7.highway.ne.jp/jr6bij/index2.htm 回路図自体はここです。 http://home7.highway.ne.jp/jr6bij/handa/handa2/thelemin.htm 参考: http://theremin.asmik-ace.co.jp/ http://www.ifnet.or.jp/~fujino/theremin.htm http://www.termenvoks.com/Theremin-J.html http://hp.vector.co.jp/authors/VA006226/midi/essay/theremin.html http://cwaweb.bai.ne.jp/~soran/theremin.html http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Stage/4989/theremin.html --------ここまで--------- |
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9月20日 木曜日 ■連日、アメリカの同時多発テロ事件の報道が続いている。アメリカの85パーセントの人たちは、報復することに賛成らしい。アメリカの繁栄の象徴であったビルを壊されて仕返ししたくなる感情というのはよく分かる。でも、それって本当に正しいんだろうか。正しい正しくないなんて問題ではないにしろ、なんだかやりきれないなぁと思う。 ■報復に賛成の人たちで、現場をみたことのある人はどのくらいいるのだろう。あのがれきの山を、ほこり被った道路を。あの現場に居合わせた人たちもみんな、報復に賛成なんだろうか。 ■復興作業が続く映像を見ていると、阪神大震災を思い出す。あの頃住んでいたぽた子の実家は一部損壊で済んだのだけれど、それでも揺れの間、家が崩れて死ぬかも、と本気で思った。家の裏の新幹線の橋脚は落ち(ぽた子は毎日その下を通ってバス停に行っていたのだ)、川の対岸の住宅地では家が崩れて道路がうねっていた。 ■こんな震災後の光景を見たときに、「なんか間違ってる」と思った。天災に人は勝てないし形あるものいつかは壊れるというのはよく分かってはいるのだけれど、でも人間が生活している場所がこんな風に壊れてしまうなんて、納得できなかった。不条理だと思った。 ■天災でさえ不条理感を感じるのだから、人間が人間を殺したり、人間が作ったものを人間がぶっこわすことはもう根本的に不条理なのだ。テロが行った行為はひどい。だからといって報復してしまえば、罪もない人々に死の恐怖や不条理さを与えることを忘れてはならないと思う。報復に賛成する85パーセントの人たちは、死の恐怖や、がれきの山を本気でリアルに感じているだろうか。自分たちに被害が全く及ばない安全なところで、報復しろしろと感情的に言っているだけのようにも思えるのだ。 ■これからどうなるのだろう。日本も絶対安全とは言い切れないな。この事件については、いろいろ思うことが多いです。また思いついたときに書きたいです。 |
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9月18日 火曜日 ■食べ物の話ばっかり続いてしまいますが、今日はぽた子祖父母から梨が届きました。わーい。ぽた子祖父母は田舎で農業をしていて、ご近所さんが梨を作っているので、そこから買って送ってくれます。二人暮らしの家に梨が30個・・・。今日から梨三昧です。 ■ぽた郎さんは梨が好きで、今日も帰って来て玄関先に梨の箱があるのを見て、にこにこしながら「梨だ〜、食べたいなぁ〜」と言いました。ぽた郎さんは料理が上手なのになぜか果物の皮を剥くのは嫌いで、普段から自分では梨を買おうともしないし、剥こうともしません。なぜだろうといつも思うのだけれど。しょーがない、ぽた子が剥いてあげよう、ということで、今年初の梨を楽しみました。 |
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9月17日 月曜日 ■今日は東京で買ってきた「ちくわぶ」で煮物を作った。「ちくわぶ」は、はんぺんと竹輪の中間ぐらいの固さで、竹輪と同じような形状のもの。ふにゃふにゃでもないけど、固くもない食感がとても好きだな。 ■前におでんを家で作ったときに、ぽた郎さんが「そーいえば、ちくわぶが食べたい」と言い出した。子供の頃、屋台のおでん屋で買い食いしてて好物だったそうだ。ぽた子は「ちくわぶ」の存在を知らなかった。関西にはないのかな?少なくとも、ぽた子の実家では食べたことのないものだし、スーパーでは竹輪はあってもちくわぶは売ってない。 ■で、先週東京に行ったときにおでん屋に行ったので、ちくわぶを頼んでみた。いたく食感が気に入った。竹輪のぷにっていう感じとも、はんぺんのふわっという感じとも違う、独特の噛み応えがなんともいえず好きな感覚。あまりに気に入ったので、大阪に持って帰ろうと思い、ぽた郎実家近くのスーパーに買いに行った。おでん種が売っているなかに、ちくわぶはちゃんと売られていた。10cmぐらいの長さのが2本パックで140円ぐらい。ローソンのおでんにもちくわぶがちゃんと入っている。やっぱり日常的なおでん種なんだ。今度、ぽた子母にも教えてあげよう。 ■今日大阪の家の近くのスーパーを回ってみたら、阪急オアシスでだけ、ちくわぶは売っていた。今まで気がつかなかった。東京で買ったのとは別のメーカーで約20cmで400円近くする。おでん種のコーナーとは少し離れて、なんか高級食材のような取り扱われ方だった。関西ではめずらしいものだからかな。 ■今年の冬のおでんには、ちくわぶを入れよう。 |
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9月14日 金曜日 ■先週から今週にかけての興奮がいまだに醒めないです。自分に近いことも近くないことも含めて、どきどきすることが続きました。大きく分けると、
2.おのひろきさんのタンデムviewpointに試乗させて頂いた。普段、掲示板上でお話している方々と実際に会えた。 3.台風で、「いつ大阪に帰れるかな〜」状態に。 4.アメリカの貿易センタービルがテロで崩壊した。 ■それぞれ一言づつ、覚え書きなど。ぽた子日記はぽた子の忘備録ともなってますので・・。 1.大阪→東京を18切符で9時間もかけていった。 思った以上にしんどくなかったです。最も長く乗っていた区間は、前橋-熱海の3時間。あとは大体1時間半ごとに乗り換えてました。車内では、ぼんやりしたり、寝てたり、ぽた子日記のネタを考えたり、本を読んだり、と飽きることがないです(家に居るときと同じだからか・・・)。新幹線や飛行機に長く乗る方が疲れます。ただ、東海道線は主要幹線だし平日だったからか、電車がかなり混んでました。やっぱりローカル線の旅は空いてないと気分が出ませんね。 乗り物の法則:速い乗り物ほど疲れる。速い乗り物ほど長く乗る羽目になる。 2.おのひろきさんのタンデムviewpointに試乗させて頂いた。普段、掲示板上でお話している方々と実際に会えた。 ほんと、おもしろかったです。雨でお食事会だけで終わるはずだったんだけれど、イニーさんの素晴らしい思いつきで、台風をかいくぐって自転車に乗ることができました。イニーさんは遠くから来たぽた家ときさ家に自転車乗らせてあげようって気を使ってくださいました。おのさんのviewpointは前面が広くて解放感ばっちり。おのさんはとてもやさしく笑う親切な方でした。かっこいいお姉さまだった@nak(た)さん、prettyなきささんともお会いできて、大興奮!はしゃいでしまいました。@nak(あ)さん、ミキさん、マキさん、にちさん、さきダーさん、みなさん、ありがとうございました。 この時の様子は、おのさんのページ、@nakさんのページで見ることが出来ます。 3.台風で、「いつ大阪に帰れるかな〜」状態に。 去年の9月、名古屋の洪水で新幹線が止まって名古屋駅で身動き取れなくなった経験があり、とても慎重になってしまったぽた家。結局、帰ろうとした朝が一番ひどくなってしまい、大失敗でした。新幹線から見てると、日曜日に走った多摩川が水没してました。BDはぽた郎実家に置いて帰りました。今日、ぽた郎さんは日帰り東京出張なので持って帰ってくる予定です。自転車が二台も無いと、家が広いです。 4.アメリカの貿易センタービルがテロで崩壊した。 絶句しました。人間が起こした行為だという点で、なんともいえないやりきれなさが残ります。アメリカは報復をするようですね。アメリカの気が済まない、ということは分かりますが、報復するのが最良の策なのでしょうか。また民間人がたくさん死ぬのでしょうか。 ともかくも、行方不明者が一人でも多く見つかりますように。 ぽた家にはテレビが無いので、事件当日はずっとネットで情報を得ていました。次の日、ぽた子実家に行った時にテレビを見せてもらったら、飛行機がビルにぶつかっていく画像ががんがん流れていました。テレビを見ているうちに、なんだか、本当に起こった出来事ではない気がしてきました。ネットで写真や文章を読んでいるときにはすごいリアリティだったのに、映像を見ているとなんだかウソっぽいのです。この感覚は何だろう??? @nakさんは楽しみにしておられた旅行に行けなくなったそうです。せっかくの休暇だったのに、お気の毒です。 |
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9月5日 水曜日 ■ちょっと前にイニーさんの掲示板で、池田理代子の漫画「おにいさまへ・・・」が話題になってました。 ■超お嬢様学校である青蘭学園を舞台に、自意識過剰気味の少女たちが繰り広げる学園ドラマで、病気、死、薬、近親相姦、いじめに差別、その他もろもろあらゆる要素を詰め込んだ70年代少女漫画です。お嬢様学校に付き物の、男の子みたいな女の子や、あこがれのお姉さまたちが当然のことながら出てきます。しかも「様」付け。なかなかすごいです。一読の価値あり(?) ■こーいう漫画に影響を受けつつ80年代に書かれたのが、川原泉の「笑う大天使」(白泉社文庫)じゃないかと思います。「おにいさまへ・・・」と同じく超お嬢様学校が舞台ですが、内容はその対極にあります。ぽた子のお気に入りの漫画家です。ご興味のあるかたはぜひ。 ■ところで、ぽた子は中学と高校は女子校に通ってました。元々お嬢様じゃないので、一般大衆向け女子校でした。しかし、腐っても女子校、中学一年生で期待に胸を膨らませて出席した入学式で、流れた校歌に絶句しました。 「我らは学ぶ 乙女にあれど 清く正しき道に生きんと」 この部分がサビなので、3番までこれが繰り返されます。タカラヅカや無いんやからさ・・・。えらいとこに来ちゃったな・・・と思いました。 ■体育祭では中学3年生は「学院愛唱歌」なる曲に合わせてダンスを踊ります。歌詞もあいかわらずで、「おとめの、歌声ひびくぅ〜、あ〜あ〜、おとめ〜、正しく清くぅ〜、慈しみ深きぃ〜」 ちなみに、衣装は(学校側で用意されているのだ)花柄のベストに白いスカートに白い布のくつで、手にはティッシュで作った花を持ちます。なんかもう、メルヘンの世界です。 ■この学校、掃除が好きで、通常は掃除当番が一日一回掃除。月に一回は全員で大掃除。ワックスがけからなにから、午後の時間を潰してひたすら掃除。敷地内には木がたくさんあり、秋の日の外掃除は落ち葉に苦しめられました。なんで落葉樹ばっかり植えるんだ〜。除草も好きで、芝生や通路の隅に生えている草を、はいつくばって抜きました。ビニール一杯まで抜かないと許してもらえなかったりしたなぁ。 ■クラブ活動は基本的に中学と高校が合同だったので、6学年いました。こうなるともう、中学1,2年生にとっては高校生って「お姉さま」って感じになってきちゃいます。 女子校の演劇部はタカラヅカになります。当然のことながら男子はいないので、女子が男役もやるんだけれど、これはなかなかかっこよかったです(結構レベルが高かったせいもある)。「お姉さま」なのか「お兄さま」なのか訳分かんなくなりますが・・・。 ■毎朝、正門で校舎に向かって一礼をすることになっていました。帰るときには振り返ってまた一礼。一日の感謝を・・・ってな理由です。これは習慣として身についてしまい、朝遅刻しそうなときでも、急いで帰るために走っていても、みんな必ず立ち止まって礼をしてしまうのです。後日大学に入ってからも、つい立ち止まっている自分にはっとしたことが何度あったか・・・。 ■何で懐かしの思い出を書く気になったかというと、昨日の新聞で学院長先生(役職を二つ並べて書くと相手をバカにしてんのと同じだぞー、というツッコミは素直な生徒はしてはいけない)がお亡くなりになったのを知ったからです。84才。ぽた子が朝礼でお話を聞いた時にはまだ60代だったのだな・・・。毎週朝礼で遠くからお顔を拝見しては、よく話のネタが尽きないなーと感心するだけで内容はちっとも覚えていないぽた子ではありますが、ご冥福をお祈りたいと思います。 |